溺愛御曹司に囚われて
噴水を通り過ぎてそのガゼボに近づくと、人影が闇に浮き上がる。
よく見慣れた、背の高いうしろ姿。
だけど今夜はどこか疲れた様子を漂わせていて、黒いタキシードを纏ったその背中は今にも夜に溶け込んでいきそうだった。
高瀬と夜の境界が、滲んでいく。
虹彩との境が沈んだようにも見えるあの真っ黒な瞳を、もう随分見ていないような気がする。
その背中に飛びつきたくなる衝動を抑えて、私はその場に立ち止まった。
「ええ、はい。……はい、よろしくお願いします。それでは失礼します」
仕事関係の電話だろうか。
彼が電話を切ると、スマホの微かな明かりに照らされて少しだけその表情が見えた。
なんだか頬がやつれたように見える。
人工的な光に浮かぶ精悍な顔立ちの高瀬を見ていると、彼が今にも壊れてしまうんじゃないかという気がして、私の胸はギュッと締め付けられた。
怖いくらいに綺麗だと思った。
心が震えるほどに綺麗で、だけどそれはまるでこの世のもではないような美しさだ。
私は高瀬がこのまま月に昇って行くんじゃないかと怖くなる。
「高瀬」
彼の名前を、久しぶりに呼んだ。
その感覚を噛みしめる暇もなく、高瀬が私の声に反応して勢いよく振り向く。
そして私の姿を捉えた瞬間、ガゼボを飛び出してきた。
高瀬は私の背中に両腕をまわすと、強く引き寄せて抱きしめる。
ギュッときつく抱きしめながら私の肩に顔を埋め、消え入りそうな声でつぶやいた。
「もう俺とは会ってくれないのかと思ってた」
弱々しいつぶやきに胸が苦しくなり、私はそっと彼の背中に手をまわした。
すると高瀬は弾かれたように顔を上げ、眉間にシワを寄せて、今にも泣きだしそうな顔をする。
私を抱きしめる腕が微かに震え、静かに離れていった。
喉の奥から絞り出したような切ない声で、高瀬が小さく話し始める。