【完】女優橘遥の憂鬱
 ヴァージンを売り込んだのは、結局は自分だったのだ。


監督はきっとその時のことを覚えていたのだろう。


「社長、すいません」

私はそう言い残して会議室を後にした。


後から後から、涙が溢れて来る。

今更後悔したって何にもならない。
そんなこと判っていた。




 パウダールームで泣いていると、何時の間にか社長の姿が鏡に写し出されていた。


「社長……、何時から其処に?」


「会議室で彼が待っているわよ。さあ、何も考えず飛び込んで来て……」


「でも皆いるから……」


「さっき、一応閉めたでしょ? 大丈夫。誰も居ないわよ」

社長声に釣られて、私はさっきまでいた会議室を目指した。




 「遅いぞ」
敢えて、ぶっきらぼうに言う彼。

私は何も考えず、抱き付いていた。


どちらともなく唇を求める。


――ガチャ!

その時、シャッターが切られた。




 「其処で何やってるの?」

そう言ったのは社長だった。


「今隠したスマホ出して」

社長が許可を取ってから画像を消去した。


「どうして? どうして私達の写真を撮ったの?」


「きっと売れるから」


「売れるって、何処に?」


「例えば週刊誌。タレントとマネージャーのキスなんてありきたりだけどね」

その人は悪びれる様子をなく、平然と言った。


「あ、ははは」

突然社長が笑った。


「馬鹿ねアンタ。この男性をスタッフと間違えたの? この男性は橘遥の恋人よ。物凄い大恋愛の末に結ばれた二人よ。そんな二人を窮地に追い込もうなんて……、例え二人が許しても私が許さない」

社長は啖呵を切った。


「へぇー。橘遥に恋人ねえ。これは売れるわ」

その言葉にムカついた社長が手を上げようとしたところを彼が征した。


「ダメです社長。いいか? 俺のことは何てリークしたっていい。でも彼女ことをいい加減に喋ったらたたじゃ済ませない」

彼は女性を睨みつけた。




 「ごめんなさい。私が巻き込んだから、今の貴女にはこんな手伝いより……」


「愛する彼と……、ですか? 橘遥さんって確か孤児でしたよね?」


「孤児?」


「確か施設出身でしたよね?」


「だからって孤児と決まった訳じゃないでしょ?」


「あー、そうだった彼女は……」
彼は何かを思い出したようだった。




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