【完】女優橘遥の憂鬱
 「あの時、もしも間に合わなかったら……」


「きっとあの人は自分を追い詰めたな」


「えっ!?」


「自分と同じ体験をさせてしまったと嘆き悲しんだと思うよ。彼女ってそう言う人だろう?」

返事の代わりに、ヘルメットを背中に押し付けた。

バイクでの会話は本当は成り立たない。
と、思っていた。

でも違った。
海翔君の優しさが、俺の胸を締め付けていた。




 隣町の小さなプレハブ展示場。

俺達はカタログを見ながら、工期を相談していた。

驚いたことに簡単な物は一日で完成すると言う。

沢山の種類があって、なかなか決められない。


「あっ、これ良いね」

海翔君が木造収納庫を指差した。


「確かにいい建物だね。でも夏場は汗だくになりそうだよ」


「そうだね。でもこれ絶対に良い。これに決めた」


「もし良かったら手作りキットもあるよ。そっちのカタログも見てみる?」


「えっ、でも自分で作るとなると……」

そう言いながら目を移して釘付けになった。


「ログハウスもあるの? わあ、これ六畳? オマケにウッドデッキ付きか?」



「これが欲しいの?」


「でも、配達や組み立て日数が足りないよ」


「そうだよね。四月一日だもね。でも間に合わなくてもいいんじゃない? これ作ろうよ」

海翔君は早速それを注文した。




 海翔君がその町にあるビジネスホテルの一室に案内してくれる。


ドアを引く。

その瞬間、呆気に取られて、固まった。


「もう、海翔君は意地悪だな……」

其処にいたのは彼女だった。

彼女は泣いていた。笑いながら泣いていた。


「さっき、二人って言ったろ。さあ、愛の時間を楽しんで。あ、まだカミサンじゃないんだったっけ。こりゃとんだことを……」
海翔君はそう言いながら消えて行った。


海翔君の仕掛けたのは、彼女と俺のラブラブな時間だった。


「アイツは本当にサプライズ好きだね」


「うん、聞きしに勝る……ん、んんん」

俺は彼女の唇を塞いだ。


「逢えなくて淋しかった。愛してる。愛してる」

俺は彼女の胸に飛び込んだ。


ずっとそうしていたかった。
抱き締められていたかった。
でも俺はすぐに理性を取り戻した。


「海翔君も罪作りだな」


「そう……決めたんだよね。結婚するまで待とうって決めたんだよね……。でも、私が頼んだの」




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