【完】女優橘遥の憂鬱
 「えっ!? でも幾ら頼まれって言っても……、アイツ何て残酷なことしてくれたんだ!! このまま引き下がれるか!!」

今すぐ行きたい。
愛したい。
理性がなんだ。
海翔君の馬鹿野郎!!
自分はどうせみさとさんと二人っきりで楽しむんだろうが……


(あれっ、『さっき、二人って言ったろ』って。もしかしたらバイク!?)


「あの……たぶん……海翔君とバイクで来た?」

彼女は頷いた。
その瞬間。
頭に血が上る。


「海翔君のバカやろう。もうヤケだ。このまま、カミサンになっちまうか?」

そっと……
上目遣いで彼女を見ると頷いたように見えた。

それでも、理性が邪魔をする。
俺達は結局何も出来ず、悶々とした夜を過ごす羽目になってしまったのだった。




 午前四時。
既に港には人が集まっていた。

彼女がみさとさん夫婦の仕事を内緒で見たいと言い出したのだ。

勿論寝不足だ。でも彼女は張り切っていた。


男達は漁船の上で出港の準備に余念がない。
漁の命である網の点検などだ。

海翔君に聞いた情報によると、この網は大まかに分けて三種類あるそうだ。

それぞれが二つ以上あり、交互に入れて成果に繋げる訳だ。

船尾にあるアームにこの網を取り付け、いよいよ出港となるのだ。




 底引き網漁は、小回りの利く小型の船舶で行う。

袋状の網を海底に下ろして引き、魚を追い込む漁だ。


船の重量は約五トン。
漁船を手に入れるためには、船舶の他に魚群探知機約なども必要で二千万円ほどかかるらしい。


海翔君達が結婚したクリスマスの日に手に入れた漁船はこれより小さい。

海翔君は小型船舶の試験に合格していたのだ。
これがあると、四トン以下の漁船なら出港出来るそうだ。

いくら漁師になりたいからと言っても、免許証のない人は乗れないのだ。


『クルーザーも運転出来るんだ。ホストとしても必要な資格だからと勧めてくれた人がいたんだよ』

海翔君は照れくさそうに笑っていた。


俺はその時まで、海翔君が歌舞伎町のホストだった事実を忘れていた。


《疑惑のチェリーボーイ》
と書かれていた週刊誌のタイトルも……




 「アイツは凄いな。昨日俺達の……いや、社長のために頑張ってくれたんだ。勿論、みさとさんへのサプライズが主だったけどね」


「幸せ者だね彼女」

彼女はそう言いながら、物陰からみさとさんを見つめていた。




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