【完】女優橘遥の憂鬱
 四月一日。
完成記念祝賀会が、自動車会社の入社式会場で執り行われた。

自動車工場跡地にはまだ建物は残されている。それはこの地域をまだ忘れてはいないと言うアピールだった。


「何時か又……、この地に戻って来ます。私は此処が好きです。今日当社に入られた若人よ。決してこの地域を忘れずに、その力を私に貸してください。お願い致します」
義父が挨拶する。

来賓の挨拶の後で除幕式の予定だった。




 出来上がった愛の鐘を最初に鳴らすのは俺達だ。
だから俺達は……
その幕の中でじっとしていた。
海翔君がみさとさんを驚かせたいらしいのだ。

本当は俺達も同じ気持ちだったけどね。


「アイツは本当にサプライズ好きだね」


「本当にそうね。私達をこんな場所に閉じ込めておいてね。ん?」

俺は又……
彼女の唇を塞いだ。


「駄目だよ。まだ……」

それでも止められない。


何度も何度も角度を変えて唇を戻す。
呼吸さえも奪われそうなキスに俺は酔いしれていた。




 その時、幕が落とされた。


その瞬間、俺達は固まった。

慌てて離れた俺達を皆の目から隠すように、海翔君が仁王立ちしていたのだ。


「やっぱりな……、遣ると思っていた」

海翔君は笑っていた。


「もう、意地悪……」

みさとさんは泣き笑いしていた。


「さあ、愛の鐘を鳴らそう」
海翔君が笑いこけながら言った。




 海翔君が仕掛けたのは、俺達の結婚式だったのだ。

でも一組だけではなかった。
みさとさんと海翔さん。海翔さんのお父様とみさとさんのお母様。
合計三組による合同結婚式だったのだ。


「皆も橘遥と言う名前位は知っていると思う。紹介しよう、私の娘だ。ずっと行方不明になっていた私の娘だ。娘は婿と一緒に此処に住む。たからこそ、私は又……此処に復活したい。お願いします。私に力を貸してください」




 更にサプライズは続いた。
大きなシートの下から現れたのは、小さなお休み処のかようなチャペル。

でもそれは、写真スタジオと繋がっていた。


それは、あのカタログにあったログハウスだった。

僅か数日で仕上げてくれたのだ。

俺は感動していた。


でもそれだけではなかった。

その中にお色直し用の防音室があったのだ。

其処には、椅子だけが置いてあった。
思わず、目を合わせた。


「誰かに話した?」
二人同時に言った。


それはあのスタジオにあった椅子だった。


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