学芸員の憂鬱
「え?奈良県の名物ですか…」
「そうです。言われてみると思いつかなくて」
「私は茶粥が好きですね…」
雨衣が持ち帰った本に目を通しながら侘助が言う。
「襖に関して出て来るのは、ほんの一節だけなんですけど…麻紙を入れる事で防湿や消音になるって…」
「ええ…確かに使われています」
「表具師さんは襖の張替えが主ですよね?」
「まぁ…大穴が空いたりしない限りは…」
「今回の襖絵…柿渋紙で守られてて防湿の効果は高いと思うんですよね…」
少し間を置いた侘助が、雨衣が伝えようとする内容を理解した様子で代わりに続ける。
「中を採取して調べる…尽君の資料としてもですが、こちらで分析も出来ますね」
その答えに雨衣は頷く。
「はい…採取が可能ならば」
「すぐに館長に連絡します」
学校帰りの尽は、雨衣が準備してくれた入場券を使い黄金を全身に纏った、池に讃えた姿も美しい寺を見に来ていた。
「初めて見た…」
周りにも制服を来た学生達がスマートフォンやカメラを構えている中で思わず声に出す。
(ここは制服で一人でも目立たなくていいな…)
順路に沿って一番近づいた場所で鼻を鳴らしてみる。
(やっぱり…)
ここも全焼して新しくされた黄金の寺からはサンプルに似た匂いは感じられない。
(仕方ないな…)
少し離れた場所にある対の扱いを受ける仏閣に移動する事にした。
黄金の寺から比べれば二番煎じの様な城を見学して尽は知新博物館に顔を出した。
前に立ち寄った時には、これと言って作業の進展は無かったはずの修復室が慌ただしくなっていた。
「尽君、良い所に!」
伊勢は相変わらずプロテクターを着ていた。
「どうかしたんですか?」
「ああ…この格好か?巡君が実家から持って来た本をヒントにしてサンプルを取り出す準備だよ」
レントゲン室には珍しくプロテクターを着た雨衣や侘助の姿もある。
「君も入るならプロテクターを着なさい」
伊勢に促された尽がプロテクターを着用して部屋に入る。
柿渋紙の下を確認する放射線とは違い、その下にあるべき麻紙を見るための放射線はいつもより強力らしい。
「ここからなら一部を外せば取れそうですね」
「いや…外さなくてもサンプル採取用の和紙を直接入れれば…」
二人が真剣に見ているレントゲン写真を尽も覗き見る。
「尽君…少し進んだよ」
「これからもっと進展しますよ…尽君の力を借りて」
「じゃあ、今までの資料は?」
「ああ…大した品でもないので、ついでの折に返して来ますよ…」
侘助が少しだけ気が重そうな返事をする。
「じゃあ…資料が出来るまでに俺が返しに行って良いですか?」
尽の思いがけない言葉に侘助達が顔を見合わす。
「それは構いませんが…」
「ありがとうございます…もう一度、侘助さんのおばあちゃんに会ってみたくて」