学芸員の憂鬱
翌日、多くの観光客に混じり尽は市バスに乗り込んでいた。
「市内の観光スポット行って、近い物を探して来るよ」
そんな尽の為に、雨衣は観光施設の入場券や市バスのフリーチケットまでを手渡した。
挙句、帰郷を取り止める様な事を言い出して帰郷を悩み出した。
(俺、心配されてる?)
バスチケットを手に尽は笑うと、大半の乗客と同じく城とは名ばかりで、今は天守台と離宮、庭園が残る城の前で下車する。
順路に沿って離宮内を歩く。
(建物は確かに古い匂いがする…ウチ(知新神社)の蔵位かな?)
圧倒される位に広い座敷で幕府の終わりが告げられた。
そんな案内を読みながら鼻を利かす。
(保護の為にレプリカを展示しています)
広い座敷に映える襖絵は多々あれど…
至る所に書かれた表示のせいで、尽の力は思った程発揮されない。
実物を展示する資料館も併設されては居るがガラス越しでは感じられない。
城の名残の天守台を庭園から見上げたが、(焼失してるんだっけ…)
特に役立ちそうなサンプル(匂い)も感じることなくバス停に戻る。
再びバスに揺られ、ビルとビルの間にある見落としそうな小さな神社の前で刃と同世代位の女の子達が挙って下車する。
(ああ…ここ…陰陽師の…)
石の鳥居に掲げられた五芒星の提灯が揺れる。
(元を辿ればウチだって同じ流れを汲むんだけどな…ま…鼻が利くだけじゃ平安の世では役に立たないな)
ここで一気に乗客が減り座席に座る事が出来た。
「あ…尽君?今どこ?」
この際…と街で買い物をしていると雨衣からの連絡が来る。
「雨衣は?」
「駅まで帰って来てる…近くに居る?」
「そんな遠く無い。今から行くよ」
そこで居場所を告げずに電話を切っても互いが困る事はない。
案の定、何ら指定していないが駅に隣接したデパートで買い物をする雨衣に尽は辿り着く。
「良かった…今日は何かを見つけ出す…って事が出来なかったから、能力に自信なくしてたけど…雨衣にたどり着けたから能力の衰えじゃないみたいだ」
新幹線が見えるのが売り…と言うカフェの席に並んで座る。
「私をちゃんと見つけれたんだから大丈夫。あ、これ…うちにあったの思い出して…」
雨衣は古い匂いのする本を取り出す。
「蔵?雨衣の家にもあるのか?」
「でも尽君の所とは比べ物にならないよ…」
自分の事を話したがらない尽に対して、雨衣も自身の事を話す機会は少なかった。
「探してくれたんだ?雨衣の手…なんか…それより古い物の匂いがする…」
本を差し出す雨衣の手の甲に鼻を当てる。
「あの…お待たせしました…焙じ茶シフォンは…」
そんな尽に遠慮がちに店員が声を掛ける。
「あ…はい…こっちです」
不自然に雨衣が手を引っ込める。
「で…何についての本?」
一人だと飲食が億劫になってしまい、今日も昼食を端折った尽が遅い昼食を摂る。
「麻紙」
「あさがみ?」
「少しだけ襖について書いてあるから…」
「蔵の書物…全部読んでるの?」
パラパラと走らせる頁から古い匂いを感じる。
「うん…一通りは…」
「奈良だったよね?何が美味しい?」
「なんだろう…観光だけして、みんなこっちに戻る人が多いし、ここと一緒くたに思ってる人が多いみたいだし」