羽の音に、ぼくは瞳をふせる

消えぬ想い1-13

< 消えぬ想い1-13 >


今は何も、君には言えない
奏さんの声をきちんと聞き

羽音のことも
オレだけの想いでは
なにも伝える事が出来ない

きっとそう・・

物珍しいヤツが
自分の前に現れて
頼ってみた
それだけのこと

席には戻らず
変わり行く景色をドアにもたれたまま
眺めていた

長い髪
笑い声が、すぐ側に
聞こえた気がして

オレの気持ちを
切なくさせる

このまま
彼女を想っていれば
いつか振り返ってくれるのかな?

しばらく眺めていると
車両がゆっくりと茅野駅だと
知らされ

奏さんの療養所がある
上諏訪の駅のひとつ前だと気付く


視線で景色を見れば
かすかに黒く光るものがあった


なんだろう・・
再びドアが閉まり


列車が動きだした
その時にやっと
それがSLだということに気付き

自分が幼いころ
祖父が夢中になり自分の撮った
写真を見せてくれては、それぞれの列車の特徴

噴出す煙や汽笛の音を
オレに聞かせてくれた

きっと
観光地でもあるために
その場所に置いてあったのだろうと
思いを馳せる

あの黒くて
大きな車体も
太い煙を出し、昔は走っていたはず

奏さんも
同じ景色を見たのだろうか
再び、デニムの後ろに入れていた
携帯が振動を1度だけ起こして
静かに止まった

取り出すと
それがメールだということに気付き
受信箱を確かめる


< わたしも、そちらに向かいます
きっと奏の所でしょ?

全部、お見通しなんだから
1人、大好きヤロー


簡単で
ぶっきらぼうな文章が
羽音らしくて

笑みがこぼれた


「 なにが・・お見通しなんだよ 」


まさか、ただすれ違い
渡された1冊の本から
こんなにも深い気持ちが
生まれるなんて

想いもしていなかった

どんなに苦しくても
背負っている物が大きいとしても

消えない想いがある

知れば知るほど
君を好きになるよ・・羽音

本当は
言葉足らずの声は


愛情で溢れていて
自分のことよりも
いつも、人の事ばかり考えている

何も心配しないで
そう伝えることが出来れば良いのに

オレは君が奏さんを
支えると決めたなら

全身全霊で
君たち兄弟を守りたいと想う
それがオレの気持ち

言葉に出来ない想いは
空に舞い、心がこの冷たい大地に溶ける


ゆっくりとブレーキをかけ
止まり始める列車

ボストンバックを肩にかけると

上諏訪駅へと
到着したアナウンスが聞こえ
静かにドアが開いた





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