羽の音に、ぼくは瞳をふせる

彼女と兄1-7

< 彼女と兄 >1-7


彼女の心が落ち着くのを待って
オレはその涙を
自分のシャツの袖で何度も
ぬぐい拭いた

「 汚ないなぁ・・・」

その言葉に

「 なんだよ・・また叫ぶぞ
羽音の泣き虫 -----って 」

互いにその言葉で見詰め合うと
なんか

「 オレ達って叫ぶの好きだな」

「 違うよ・・翔くんが好きなだけでしょ?」

少し心が戻ってきたのが分る

暗くなった車道
車に乗り込めば
先ほどとは違い

羽音もオレの言葉に返すように
なってきた


 小さな蝶が
 少しだけ


羽を休めるように
オレという枝に止まっていて
それは一瞬ではないのだろうか

そのまま
もう見えなくなった景色
山間には小さな灯りが
同じ間隔で立ち並び

光が一瞬、強く入り込むたびに
灯りを放つ電灯がすぎてゆく

羽音は都心に近い一般道へ
入るころ

小さな寝息をたてて
身体をドアの方に
もたれさせ眠っていた

長く柔らかな髪が
水の流れのように
頬から顎にかけて胸へと
その形をつくる

今朝、迎えに行った
羽音のアパートへと近づいた時
知らぬ間に起きていた彼女が

「 今日は、母の家に泊まるから
ここで良いよ

ありがとう」

そう言って
対向車線のが信号の間に


車から一瞬で、降りていた
しばらく、その後ろ姿を見つめていたけど

信号はすぐに変わり
後ろの車がクラクションを鳴らした

オレは慌てて
アクセルをふむと
その場をあとにする

もう彼女の姿を見ることもなく

それからしばらく
羽音とは連絡が取れなかった

あの帰りの道で
奏さんの病状があまりよくない
その話を聞いていただけに

何かあったのかもしれない


けれど今のオレには
心配することしか出来なくて

大学の講義とバイトの毎日を
ただくり返していた

もしかしたら
また以前のように夜中に
呼び出しの電話があるかもしれない

そう想って何度も
真夜中に頭の上にあった時計を
見ては再び眠りにつく

そんな日々

一度だけ
もしかしたら体調を崩してるのかも
そう思い彼女のアパートまで
たずねて行った

けれど夕日がもう落ちようとしていた
その時間にも関わらず
部屋の明かりはついていなくて
結局階段を降りると帰って行く


「 はぁ・・オレ・・何してるんだろう・・」


あれから
約1ヶ月がたち
何度か留守番でんわにメッセージじを
入れたけど

返事はなかった

だめだ・・そろそろ
羽音切れになってる


そう思い始めた
大学の帰り道

門を抜けて
並木道を歩き

信号機の手前でずっと求めていた
彼女と再会する

オレを見つけると
まるで映画のワンシーンのように
嬉しそうに駆け寄って来た

「 羽音・・・どうしたの」

すごく嬉しくて
久しぶりにみる、その姿から
目が離せない

「 何度も電話くれてたのに

ごめんね・・ 」

「 ううん・・もしかしたら
体調でも崩してるのかなって」

オレはふと
羽音の肩越しに
視線を向ければ

そこには・・あの病室で会った
奏さんが微笑みながら軽く会釈したから
オレはまた膝まで頭を下げると

羽音と、ともに
奏さんの元へと歩いていった


「 久しぶりだね」


少し痩せた気がする彼を
この場所で見るのは
少し意外な気がした

「 奏の一時帰宅が通ったから
電車に乗ってここまでね

途中に乗ってきたの」

そうか・・
連絡してくれたら
先輩に頼んだのに

けれど電車での移動も
気持ちの面では良いのかもしれない


「 奏が私と翔の通う大学が見たいって」


「 そうなんだ・・これからは?」


羽音は奏に目配りすると
翔を見つめた
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