羽の音に、ぼくは瞳をふせる

温かな手1-6

< 温かな手 >1-6


帰りの車で
羽音は少し想いつめたような
そんな表情の横顔に見えた

どうしたの?

そう聞きたい
けれど・・羽音が自分から言わない
それならば・・言いたくない
きっと、そうなのだろう

「 なにも・・聞かないんだね」

オレの心の声が聞こえたのか?
羽音は運転するオレの近くに
顔を寄せる

彼女が口に含む
甘い飴の香りがして
オレは、この気持ちをどう表したら
良いのか



 羽音・・
 きみはオレに

 自分がどれだけ
 影響をあたえてるのか

 知ってるのかな・・



オレはきみの話す言葉
すべてを・・

心の中に刻みこみたいと願う
それだけ愛しいと想う気持ちが
溢れてきて

時に苦しくなる
けれど・・焦ってきみを失くせば

何もない毎日に
ただ・・戻るだけ


「 聞けば・・教えてくれるの?羽音・・」

オレに香っていた甘い香りが
少し遠のく

もうすぐ湖も見えなくなり
無機質なアスファルトを
長時間走るだけ

ここへ向かう時は
あんなにも浮かれていた自分がいたのに
今は羽音の何か不安げな

気持ちの揺れに気付いていしまい
何も力になれないと実感する自分が
とても歯がゆい

オレは無理を承知で
どうでも良い話を繋げようとする

羽音の母へのお土産・・
大学講師の仲間うちでの
笑い話

けれど外の景色をただ・・
眺める羽音にとっては

何も聞こえていない

シートに背中をゆっくりと着け
何かを視線で追うように

ねぇ・・羽音・・
きみは何を想っているの?
すると小さく震えるような声


「 ・・奏の病状があまり
よくないんだって・・    」


オレは何も言わず
その言葉の続きを待つ


「 奏はね・・私が5才の時に
再会した兄なんだ・・

母がわたしを出産した後
育てられないと、施設に私だけを残し

兄と生活する為に
離れ、わたしは・・その場所で
何も知らずに育ったの

それまでは母は亡くなったのだと
聞かされてたし・・それに兄がいる・・
そんな事実も・・・なんかね」

羽音の声が
寂しげに震えるように
ただ・・車は高速のアスファルトを走り
乾いた音だけをたてる

その音に少しでも
注意しなければ消えそうなり聞こえない


空が夕焼けの色を生み出し
車内に溶け込むように染め始める


「 うん・・」


普通の一般家庭で
何も考えず暮らしてきた

だから・・そんな境遇の羽音に
かける言葉が出来なくて
何も知らず、初めてのドライブだと

心を浮かせていた
そんな自分が恥ずかしい・・
そう感じ始めていた

羽音・・
きみはオレよりずっと小さな肩をもち
オレの目線なんかより低い身長なのに
その心はオレよりも・・

大きくて・・哀しみに満ちているのかな

羽音の母は人には言えない男性との間に
兄の奏をもうけ

その男性も・・もう一つの暮らしへと
帰って行った
そして・・小さな奏を抱えて
気が付けば羽音を身ごもっていた
苦しくなる・・そんな話を
助手席で靴を脱ぎ
両膝を抱え話す羽音が


「 母・・兄ともう一度、再会し
一緒に暮らそうと言われた時は

わたしも苦しんだの
だって・・全然しらない人間が突然
やってきて・・家族になろうって
突然・・言うんだよ・・

翔くんなら想像できる?」


・・・・できる・・
そう言いたかった
けれど、そんな気持ちは
誰にもきっと分らない

高速の壁が少しだけ切れ
大きな橋道へかかる

山間のはるか下には
小さな模型のような昔ながらの
家がところどころに存在していて

羽音は窓をあけると


「 ばか ---------」


叫ぶから
驚いたけど・・
きっと・・何かをぶつけたいんだ
そう感じた

オレは視線の先に見えた
車道の休憩スペースを見つけると
後方から車が来ていないか
確認してからハザードランプを点灯させ

出来るだけ車道脇に車を停める

左のドアから共に車外へ出て
先ほどの小さな家から少し離れ
周囲は雑木林


夕焼けの陽が
山間にあたると

緑の色と交わり少し暗い色を落とす
風が冷たくなりつつあって

羽音に声をかけるけど
変わらない景色をずっと見つめている

だから・・オレも


「 ばか ------- はのん ---------の!
ばか --------」


そう叫んだ
オレの方を向くと、驚いた顔
すると少し困惑し小さな微笑を浮べると

「 翔くんの ---------- くいしんぼう ----
ばか------------」


山から2人の声が交じり合いながら
反響して帰ってくる

オレは・・羽音の手をそっと取り、
けれど強く握った
何も言わず握り返された手のぬくもり

迎えに来た母と兄の姿を
5才の羽音はどんな風にみていたんだろう・・

小さなその胸は
どんな景色を見て、心を傷めたんだろう
羽音の、身体を抱きしめる

ただ・・愛しいとか、好きだからとか
そんな理由じゃなくて
そばにいるから・・そう想ってほしくて
気が付けば泣き始めた・羽音・

太陽が見えなくなるまで
その細い身体を抱きしめていた
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