羽の音に、ぼくは瞳をふせる

命の理由1-9

< 命の理由 >1-9


奏さんが
羽音の母親の家で
しばらく過ごすうちは

オレも羽音からの突然の呼び出しは
期待していなかったし

家族で過ごす貴重な時間に
邪魔するつもりもなくて
それが兄弟なら・・そう安心する自分もいた

けれど
あの日、羽音の頬に
涙が見えた気がしたのは
オレの勘違いだったのだろうか
それなら・・

オレは羽音が幸せで
普通の日常を過ごしているならば

自分が彼女を幸せにするなんて
なんだか・・おこがましい気がし
その気持ちを映すように
秋の景色が冬へと移りを見せる

この四季の変化が
人を少し寂しくさせ
オレは以前よりもバイトに出るようになり
羽音への気持ちを少しでも
想い出さないようにしていた

なんだろう
どうして人は人を好きになり
報われなくても想ってしまうのか

ある日、バイト帰りの夕暮れ時に
携帯にかかってきた電話
・・・公衆電話?

着信ボタンを押し出てみる


「 はい・・?」


「 驚かせたかな

奏だけど・・今から時間ない?」


・・・あ・・羽音の・・
そう言えば、あの日

「 今度、2人でゆっくり話そう」


そう言って
彼と別れたのを思い出す
羽音の実家に近い場所で
待ち合わせをするオレは自転車だったし
そこまではそれほど距離もなかった

久しぶりに会った彼は
なんだか少しの時間しか経っていないのに
この前よりも大人の雰囲気がして

オレ自身の成長のなさを
改めて実感してしまう


自転車で駆けつけたオレを見て


「 少し歩こうか 」


その言葉にゆっくり
歩き出す
奏さんの背中を少し後ろで
自転車を押しながら付いてゆくオレ

15分ほど歩き続け
何も話さないまま


「 羽音は元気だよ 」


奏さんは
突然オレに声をかけた

「 え…… 」


その言葉に戸惑いながら
振り向いた奏さん
何か言いたい事があるのだろうか

雲が厚く
空から陽射しは出ていない
夕方の表通りから少し離れた
この場所は人通りも少なくて
まるで世界は

オレと彼だけのよう


「 年末にはまた施設に
戻ることになってね

翔くんに会っておきたかったんだ 」


そうか・・
羽音と、その母親は
また寂しがるだろうな

すると彼が突然
前触れもなく話しだした



「 羽音が6才に
なったばかりの頃

二人で裏山に散歩に出ることが多くて
そこは工事用の石材置き場に
なっていたんだけど

オレたちの秘密の場所だった」


奏さんな紡ぐ言葉に
2人が仲睦まじく遊ぶ姿を
脳裏に浮かべる

5才で、再開した兄弟でも
やはり血は繋がり
共に過ごす時間は大切なもので
羽音も彼もまた幼いながらも
感じていたのだろう


「 そんな、ある日
羽音が大きなトラックが止まってると

再びオレを誘って
出かけたんだけど

トラックには真っ白な
粉が積んであって・・

まさか子供なんていない
そう考えた運転手が

オレ達が下にいることを
気付かずに・・

・・・石灰を傾斜をつけた場所から
落としてしまった

オレはとっさに羽音を自分の
コートでかばい座り込んだ・・」



・・・・奏さんから聞く話に
オレは何も言えなくて
でも・・何か・・言わないと・・


「 それで・・どうなったんですか?」

暮れてゆく空をみながら
奏さんは白い息をそっと吐き出す
ゆっくり大切に言葉を紡ぐ


「 オレの肺に・・小さな粉が入り込み

この身体は今に至るんだ
けれど・・

それは決して羽音のせいじゃないし

オレも羽音のせいに・・
したことはないから 」


雨が降り出した
今の話は・・嘘だよと
そう告げるように

冷たくて哀しい雨が
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