二重螺旋の夏の夜
わたしにもいろいろあった。

会社では営業第二課に配属された。

そこで資料を作ったり整理したり、取引先の方が来たときにはお茶を持っていったりといういわゆる事務の仕事を、今必死に覚えているところだ。

今年で4年目になる女の先輩が、わたしの教育係として細かい事まで手取り足取り教えてくれて、とりあえず大きなミスもなくやってこれている。

「最近どう?元気?」

「はい、元気にやってます」

「仕事慣れた?俺はいまだに早起きするの慣れないわ」

「仕事は…覚えることが多くて大変です。でも頑張ろうと思います」

グラスが運ばれてきて、赤いワインがトクトクと音を鳴らして注がれていく。

乾杯をして、ほんの一口だけ飲んだ。

アルコールの強いにおいに、お酒に強くないわたしはもう酔ってしまいそうになった。

思わず窓の外を見る。

ビルの8階の窓際の席からは、暗い中に光る街の明かりがたくさん見えた。

こんなにたくさんあるんだから、1人どこかで泣きそうな誰か、例えば――いや言わないでおこう。

そんな誰かの心を、包んで、どうか寄り添ってあげてください。

そんなことを思った。

視線を感じて顔を正面に戻すと、真剣な目つきでわたしをじっと見つめる雅基がいた。

「神崎さん、俺と付き合ってください」

そして聞こえてきた言葉。

びっくりして目を見開いて、まばたきを2回、それからさっきの言葉を頭の中でもう一度繰り返す。

もう一度、ゆっくり。

沈黙はどれくらいだっただろうか。

「えっ!?何で泣くの!?」

焦った雅基の声と顔で、わたしは自分の目から涙が流れていることに気が付いた。

「なぜでしょうか…」

「お、俺の方が聞きたい…」

「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「待って、先に返事だけ聞かせて」

雅基は少し顔を赤くしてそう言った。

「あの、嬉しいです。…はい。よろしくお願いします」
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