二重螺旋の夏の夜
「…ごめんね。わたしは雅基のこと、全然わかろうとしてなかった。雅基もきっと、わたしのことをよく知らないまま、ここまできちゃったんだと思う」

わたしが言葉を発すると、即座に反論が返ってくる。

「そんなことないだろ。もし仮に知らない部分があるなら、これから知っていけばいいだけじゃん」

――違うよ、雅基。

わたしたちは知ろうとしないどころか、見えてるのに気付かないフリをしていたんだよ。

知ってしまったらもう終わりだと気付いていて、わざと触れないようにしてきたんだよ。

いつからか重く感じたあの部屋での空気、鍵を開ける瞬間までの憂鬱感、そして脳裏にキーホルダーのくまの笑った顔が浮かぶ。

それは早見さんによく似ているような気がした。

大丈夫、わたしはきっと、大丈夫。

そう心の中で唱えてから、意を決して告げた。

「わたしみたいな『つまらない』人と、付き合ってちゃダメだよ。今度は一緒にいて『楽しい』と思える人と、過ごしていって欲しい」

雅基が初めて言葉に詰まった。

驚いたような、焦ったような顔をしている。

「…ありがとう、一緒にいれて幸せでした。さようなら」

言い終えてから長い沈黙が続き、わたしはじっと雅基の目を見ていた。

戸惑っているように小さく揺れる瞳は、わたしの方を向いていなかった。

「…ごめん」

しばらくしてそれだけ言うと雅基は、背中を向けて近くに止めてあった自分の車の方に歩き出した。
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