偽りの香りで


タクシーが発進すると、彼が私の腰に回していた腕をほどく。

それから、私に全く興味なさそうに窓の縁に肘をついて車窓を眺め始めた。


すれ違う車のライトに照らされてはっきりと見える端正な彼の横顔。

物憂げなその表情に、何だが腹が立つ。


何なんだ、一体。

土曜日の夜。

ひさしぶりに電話をかけてきたかと思えば、姉に振られたなんて今にも泣きそうな声で言うから心配して来てやったのに。

彼につかまれた手首をもう片方の手でなぞる。

彼のマンションの前でタクシーが止まるまで、私はそこをずっと撫で続けていた。


***


タクシーを降りると、彼がさっさと歩いてマンションのエントランスに向かう。

私はその背を追わずにしばらく見つめてから、彼に声をかけた。


「今日はゆっくり寝なさいよ。私は帰るから」

彼のマンションから最寄り駅までは歩いて数分。

そこから私の家まで、電車でそれほどかからない。





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