あの夏のキミへ
わたしは今度こそ聞く。

「行くって…どこに行くの…?」

どこに行くのかも知らないのについて行ってたまるもんですか。

しかも名前も知らない赤の他人に。

「…海だよ」

………海…。

小さい頃は両親とよく行ったものだ。

離婚してしまう前に。

「そう言えばキミの名前なんだっけ?」

前を向いたまま聞いてくる。

「西田光(ひかり)だけど…。」

あぁ、わたしってやっぱり全然ダメ。

無愛想にしか答えられない。

でもそれはしょうがない。

だっていままでこうしかしてこなかったもの。

自分の弱さを隠して、強く見られようと殻を被ってきた。

だから、誰も…本当のわたしを知らないだろう。

強いて言えば、一番殻を被ってなかったのは両親が離婚する以前だったのかな。

でも、そんな性格になってしまってから、何人に誤解されて、何人に離れていかれただろうか。

もしかしたら彼もその1人になるのかも。

今の口調だってきっと苛つかせたよね?

自分のどうしようにもない性格に嫌気がさす。

でも彼からの答えは意外なものだった。

「ひかり…光か。…いい名前だな。」

えっ。

彼は確かめるように、何度かわたしの名前を繰り返して言った。

拒絶されると思ってたのに。

しかも、いい名前だって言った?

光はいい名前だって。

そんなこと言われたことがなかったから、正直すごく嬉しかった。

胸の鼓動が早くなり、頬も熱を持ち始めたのがわかった。

わたしはそれを振り払うように咄嗟に口を開く。

「あ、あなたは?」

彼のペースにつられそうになる。

わたしはこれが終わったら死ぬのだ。

惑わされてはいけない。

「俺?俺は、水野蓮。」

「…どーも。」

ワックスをかけたばかりのツルツルの廊下を2人でゆっくりと後にした。
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