あの夏のキミへ
駅の前には人通りの多い道がある。

「光の家はどっち?」

ざわざわして聞き取りにくいが、ゾクッとさせる蓮の低い声はしっかりと聞き取れた。

「右。うち、団地だからさ」

わたしは団地に住んでいる。

町が経営しているため、家賃は安い。

古い建物だけど、経済的に助けられた人はたくさんいるだろう。

うちもその中の1つだ。

別れるときに両親が山分けにした貯金でなんとか生活できている。

生活費のうち、家賃が一番の出費だから、相当助かっている。

「…そっか。俺、左だから」

「そっか。じゃあここでお別れね」

「…あぁ。じゃあな」

そう言うと、蓮はゆっくりとこちらに背中を向け、歩き始めた。

こちらに背中を向けた時、泣きそうな顔をしていたように見えたのは…わたしの目の錯覚だろうか?

わたしは、見えなくなるまで蓮の背中を見つめていた。

蓮は見えなくなるまで、一度も振り返りはしなかった。

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