チェリーな彼女
「いただきます」
作っている間は、口に合うかなとか、さくらんぼが苦手だったらどうしようとか、そんなことばかり考えていた。だけど、フォークでカットしたロールケーキを口に入れたときの、彼の細くなった目を見た瞬間、そんな不安は全部吹き飛んだ。
「すごくおいしいよ。香りもいいし、お店に売ってるケーキみたいだ」
たとえそれがお世辞でも、飛び上がるほどうれしい言葉。
「ありがとう。でもちょっと甘すぎたかな」
本当は緊張してしまって味なんてほとんどわからなかったけど、なにかソレっぽいことを言ってみたくて、首を傾げてみたりして。でも、そんなわたしのつぶやきを、
「そうかな、おれはこのくらい甘いほうが好きだけど。最近は甘さ控えめが主流になっちゃってるしさ、甘党には厳しい世の中になったよ」
彼は懸命にフォローしてくれた。その間にもケーキはみるみる小さくなって、彼のお腹に落ち着く。
「もっと食べる?」
聞くと、彼は返事のかわりに白い皿をわたしに差し出した。口の端についたクリームをぺろりと舐めたのがかわいくて、まるで、外で走り回ってお腹をすかせた子どもみたい。わたしはくすくす笑いながら、ロールケーキをひと切れ、皿にのせた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ところが彼は、その皿を目の前に置いたきり、フォークを置いてしまった。両手を膝の上にのせて、じっとケーキを見つめたまま静止している。
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