愛が冷めないマグカップ
「桜庭さん、何か困ったことでもあったのか?」
笹原主任が心配そうにあゆみに言った。
「実は、これなんです」
あゆみは図面と注文書を取り出した。図面に記入された社名を見て、笹原主任も何か気がついたらしい。
「これは…?」
「昔、うちと取り引きのあった得意先だそうです。いまは山内金属の得意先になっていますが…」
山内金属というのが、因縁のライバル会社である。
「なるほど。山内金属だけじゃ生産が追いつかないって訳だ。だからうちに泣きが入ったんだな」
「そうです。うまく行けば…、得意先を奪い返せるって、小林部長が…」
「そうか。それを、桜庭さんが任されたってことだな?」
あゆみはこくりと頷いた。
「大至急ですから、少しでもはやく上げたいんです」
「そうか。だけどな、悪いが桜庭さん、今の品物は止められない。順調なだけに止めたくないんだ。そのかわり、と言ってはなんだけど…僕にひとつ考えがある。可能かどうかは、まだわからないけど」
笹原主任は、険しかった顔つきを、少し緩めてあゆみに言った。
「考え…考えってなんですか?」