愛が冷めないマグカップ
「あっれ?桜庭チャン?こんなとこで何してんの」
「えっ?」
マツさんだった。フォークリフトの上からあゆみに話しかけている。帽子をかぶっていると奇抜な茶髪がかくれて一見真面目な職人さん風にも見える。
「あ、いえ。ちょっと急ぎの品物がありまして…。事情があって残業をお願いしてまわってるんです…」
「え、マジで?大丈夫?俺、ヒマだから残ってやろーか?」
フォークリフトからヒョイとおりて、マツさんは笑っている。近くでみると鼻ピアスがいかついマツさんが、今は天使に見える。
「…マツさん…本当ですか?!あの、どうしても、山内金属よりはやく納品したいんです!だから…その…」
山内金属と聞いて、マツさんの表情が変わった。
「桜庭チャン、いま山内金属って言った?」
「え?あ、はい。言いましたけど…。あの…知ってるんですか…?」
あゆみが恐る恐る尋ねると、マツさんは怖い顔になって言った。
「桜庭チャンは知らないだろーけど、あの会社はサイテーだ。俺が高校生のバイト時代に、うちの前社長を騙して得意先を根こそぎ横取りしやがった…!山内金属だけには絶対負けらんねえ!」
(…そうだったんだ…。だから小林部長もあんなこと…)
マツさんはまるでこれから喧嘩でもしに行くような顔つきで、あゆみに言った。
「俺がオッサンらには話つけてくるわ!前社長の頃にいた人なら山内金属の名前聞いたら黙っちゃいられねーはずだから!」
「マツさん…!ありがとうございます!」
「いいよ、これでやっと仕返しが出来るんだからな。ちなみに、あと何人足りねえの?」
「えと…。工程が十なのであと…九人残ってもらえれば…」
あゆみは図面を見ながら答える。