愛が冷めないマグカップ
(どうして小林部長はなんにもしないんだろう…)
周さんが加工場に下りると、小林は社長室にあるソファーにどっぷりと腰掛けて、紙コップでコーヒーを飲み始めた。
とくに何をする訳でもなく、小林はそのままのんびりとあゆみが一生懸命デスクを片付けるのを眺めて楽しそうにニヤニヤと笑っているのだった。
(何もしないなら、手伝ってくれたら良いのに…)
片付け自体はどちらかというと嫌いではないあゆみも、さすがにずっと誰かに見られているのは居心地が悪かった。
苦し紛れに、「あの…コーヒーのおかわりいれてきましょうか」と言うと、小林は「ああ、頼む」と、空になった紙コップをあゆみに差し出した。
「あの…小林部長のマグカップは無いんですか?」
以前に働いていた会社ではみんなが自分のマグカップやタンブラーを持って来ていたし、なにより紙コップなんかで飲むよりもマグカップで飲んだほうが圧倒的に飲み物が美味しく感じることをあゆみは知っていた。
疲れたときにマイカップで飲むコーヒーやココアは格別だ。
「ないよ」
「…あのう…お言葉ですが、コーヒーはマグカップで飲むほうが美味しいですよ?小林部長もマイカップを持って来られたらいかがですか?」
小林は、一瞬呆気にとられたような顔をして、ううんと唸った。
(余計なこと言っちゃったかな…)
「買いに行くのも、選ぶのも面倒だしなぁ」
小林は、あっと思いついたように言った。
「なら、あゆみちゃんが選んで買ってきてよ。そうしたら、俺、マグカップでコーヒー飲むからさ」
「え…は、はい」
「じゃあ、決まり。明日持って来て」
「わ…わかりました…」