愛が冷めないマグカップ
社長室の扉がガチャリと開き、作業着姿の周さんが部屋へ入って来た。
「外まで丸聞こえだよ。なに騒いでるんだ?」
呆れたような顔で周さんが言った。
すると小林が、拗ねた表情のまま「ああ、周さん」と頭をかきながら近寄って行く。
「あゆみちゃんがさ、磐田さんをもう手懐けたんだよ」
(手懐けたって…。猛犬とかじゃないんだから…)
「へえ!すごいね、あゆみちゃん!磐田さんは僕か、ハヤトか、浪岡さんの言うことしか聞かないのにネ!あゆみちゃんはスゴイなぁ」
周さんは、眼鏡の奥の目を見開いている。どうやら本当にびっくりしてくれているらしい。
(ボーリングの割引きチケット渡しましたなんて言えない…)
「あ、いや、たまたまご機嫌が良かったんだと思います…」
「だからさ、」と小林が口を挟む。
「ご褒美にあゆみちゃんにキスしようとしたら、全力で嫌がられたんだよ。おれ、悲しいよ」
周さんは「当たり前だヨ」と軽く返事をすると、本棚の前でなにかを探し始めた。
「すごく綺麗になったね、この部屋。あゆみちゃんが掃除シタ?」
あゆみははいと頷いた。
(だってあまりにも汚かったから…)
「図面も探しやすくなってる。ありがとうネ。ハヤトは、いいパートナーを見つけたな」
周さんが言うと、小林は嬉しそうに「ああ」と頷いた。
あゆみはそれがとても嬉しかった。
このふたりから褒められるのは、キスなんかより、百倍嬉しいご褒美だとあゆみは思った。