誘惑上等!


「さっきの話だけど、実際のとこどうなの。最近女の子たちにお前に今オンナいるのか訊けってしつこく言われててさ」
「……え?何が?」


食堂のメニュー表を眺めながら生返事。

ほとんど具の入っていない安っぽいおにぎりと、塩っ辛い油揚げでくるまれた稲荷寿司、どちらの方が腹に溜まるかなと真剣な顔で考えていると、やや苛立ったような口調で再度山田が訊いてくる。


「だーかーら!悠馬のねーちゃんだよ。おまえ付き合ってんのか?」



-------ゆうまのねえちゃん……。



頭の中で復唱して、はっと我に返る。



-------あっぶねッ。



もうすこしで食べ物の誘惑に負けそうだった。ごめんね理沙ちゃん。脳裏に浮かんだそのひとに心の中で謝る。



「付き合ってんだろ?けどおまえも面食いだよな。悠馬の姉貴なら、すげぇキレイなんだろ?」


山田はご飯を頬張りながら「年上の美人OLとか、めちゃエロそうだけどどうなん?」と冷やかしてくる。


悠馬というのは大悟と同じ経済学部の三年生だ。1年のとき必修の語学で同じチャイ語を取っていたことで仲良くなり、つるんでいる仲間の中でも特に気が合うので、悠馬とは学校以外でもよく一緒に遊び歩いていた。

目鼻立ちがはっきりとした男にしてはきれいで整った顔をしていて、数百人もいる学部の中でも人目を惹く存在だった。悠馬の顔をベースにイメージすれば、誰もが彼の姉はかなりの美人だろうと下心交じりに期待するだろう。



「いやキレーっていうのとはちょっと違うかな?。姉弟だけど、理沙ちゃんは悠馬とは似てねーし」
「うわ。『理沙ちゃん』って呼んでるのかよ。やっぱ付き合ってんだ、その5歳も上のオンナと」

「……べつに年上つっても20と25なんてそんな変わんねぇよ」



理沙の弟の悠馬は男の目から見ても思わずはっと目を見張ってしまうような美形だが、理沙とは全然似ていない。たぶん申告しなければ理沙と悠馬が2人でいることろを見ても大抵の人は姉弟だとは気付かないだろう。

大悟が抱いた彼女の印象はともかく、理沙本人が言うとおり、世間から見たら悠馬に比べると理沙はかなり地味な印象を受ける顔立ちなのだろう。


< 3 / 23 >

この作品をシェア

pagetop