バターリッチ・フィアンセ


その日はよく晴れていて、三姉妹は庭に設けられたテーブルでお茶を飲みながら、会話に花を咲かせていた。

その様子は屋敷の一階の中心に位置する一志の部屋からよく見えて、それぞれの娘たちについて説明を受けながら、俺はどいつを生贄にしてやろうかと、物色していたんだ。


そして目に留まったのが、聞き役に徹しているのか笑顔で頷くばかりの穏やかそうな三女。



『……あの子だけ、何か雰囲気が違いますね』

『ああ、織絵か? そうかもしれないな。姉妹の中であの子が一番、妻に似ているんだ――』



母親似……ということは、一志にとって一番可愛い娘であるに違いない。

そう確信した俺は、織絵を見て優しく目を細める一志に告げた。



『織絵さん……彼女を貰います』

『ちょ、ちょっと待ってくれ。織絵は一番世間知らずで――』

『一番可愛い娘。……ですか? だったらなおさらこちらにとっては都合がいい。
あなたのおかげでnoixの開業資金がほとんどゼロで済んだのも助かりましたけど、それは俺が頼んだことじゃない。
俺の望みはあの日からただひとつです。……母が亡くなった時にも言ったじゃないですか。“あなたの一番大事な物を、俺にも奪わせてくれ”――と』



がっくりとうなだれた一志だったが、当時まだ学生だった織絵が大学を卒業するまで待つという条件付きで、彼女を俺と結婚させてくれるとその時約束してくれた。


いい気味だ、と思った。この世には金で解決できないことがあるんだと、身をもって知らせてやる――。


今思えば、当時の俺の精神は歪みきっていた。

でも、大切な人を失った悲しみの中で、腐ることなく七年も生きて来られたのは、復讐というひとつの目的があったからかもしれないとも思う。


そんなことは無意味だと理解した今でも、あの夜のやりきれなさは一生消えることはない。


俺がもう少し、早く気が付いていれば……


救急車の向かったのが、あの病院でなければ……



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