バターリッチ・フィアンセ


昴さんの他にも若い職人さんを二人と、私と一緒に接客を手伝ってくれる学生アルバイトの男の子も雇っている。


――けれど、お店が新しくなってからの昴さんは、とってもナーバスで自信なさげだった。



『無断であんなに長い間店閉めてたからな……みんな、noixのことなんてもう忘れてるかもしれない』


開店を控えた頃の、昴さんの口癖。

そんなことはない、と言ってあげたかってけれど、お客さんというものがどれだけシビアかというのは、飲食業に詳しい父から聞かされたことがある。


もしかしたら、本当にゼロからの再出発になるかもしれない……

そんな覚悟をしながら、迎えた開店の日。

私たちはオープンの一時間前に、二人で協力しながら店の窓ガラスにかかっているロールカーテンの紐を一本ずつ引いていった。

するとそこには、目を疑いたくなる光景が。



『……これは』

『みんな、うちのお店に並んでるんでしょうか……でも、開店にはまだ一時間あるのに』



二人そろって、しばらく窓の外を見ながら立ち尽くしてしまった。

だって、昴さんがブログでお店の移転と新装開店を報告した以外、特に宣伝らしい宣伝はしていなかったのに……

お店の前には、すでに30人近い行列ができていたんだもの。



『織絵』

『……はい』

『パン焼くぞ』

『……! はいっ』



たちまち生き生きした瞳になった昴さんは、前以上に仕事に対して厳しく、そして熱心に取り組むようになった。

私も、そんな彼を支えようと、毎日お店の中をくるくる走り回っている。


私も昴さんも、やっぱりこの仕事が好き――。

それに加えて、私たちには何が何でも頑張らないといけない理由もある。


それは、自分たちの結婚資金を稼ぐこと――――。



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