バターリッチ・フィアンセ
●小さな手掛かり


厄介な電話がかかってきたのは、ひとつのベッドの中、昴さんの隣で私がまどろんでいるときだった。

昨夜はあの夢を見ずに済んだから、もう少し浅い眠りを貪っていたかったのに、それは叶わなかった。



「……なんか、鳴ってない? 携帯。俺のはバイブにしてないから……たぶん織絵の」



まだ眠たそうなかすれ声で昴さんがそう言うので、私は彼の腕から抜け出し立ち上がった。

カーテンの隙間から差し込む朝日に目を眩ませつつ、ソファの上に置いてあったバッグを手に取ると、確かに音の出どころはその中のスマホらしかった。


誰……? こんなに朝早くから……


少々迷惑に思いながらもディスプレイに表示されていた名前を確認し、それを見てさらに憂鬱になりながらも私は電話に出た。


「……もしもし、どうしたの? こんなに早くから……」

『――織絵? 大変なの! 琴絵お姉さまが……!』


まだ半分夢の世界にいる気分でぼんやりしていた私は、悲鳴みたいな声で叫ぶ珠絵お姉さまの話を聞くなり、一気に目を覚ました。



「……家出? うちにも帰っていないの?」

『ええ、屋敷中をくまなく探したけれどどこにもいなくて……
お義兄様もすごく慌てているわ。どうやら昨日の夜お姉様と喧嘩したらしくて、それが原因じゃないかって……』



琴絵お姉様……。姉妹の間で一番気が強く、頑固で意地っ張り。

だけど昔から、私がいじめられていればそのいじめっこを退治してくれて、小さなことでくよくよする私をいつも笑い飛ばし、元気づけてくれた。

恋愛観も結婚観も、自分とは全く違うけれど、大好きな琴絵お姉様……


あの強い彼女が家出だなんて、一体どうして……?


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