甘くて苦い
甘くて苦い
「終電無くなったから、泊めて。」
モニターの向こうで、無邪気な笑顔を作る速水晃太に、私は小さく溜め息をついた。
「久美ちゃ~ん。」
普段は安住と呼ぶのに、下の名前を呼ぶ時は、かなり飲んでいる証拠だ。
エントランスのロックを解除すると、気づいた速水君が嬉しそうに手を振って、モニターから消えた。
速水君と知り合ったのは、大学に入学して間もなくだった。
早いもので、もう直ぐ、あれから10回目の春を迎えようとしている。
時計を確認すると、既に日付は変わっている。
入浴を済ませ、オイルマッサージもパックも済ませ、さぁ寝るぞと言う時に、速水君はいつもふらりとやって来る。
着替える時間も、化粧する時間さえも与えられない。
その度に、速水君は女としての私は求めていないのだと再認識させられる。
深夜の訪問は、ただの近況確認なのだ。