妖精と精霊と人間と
 「ミーシャ。」
 老人は、六〇年以上呼ばなかったその名前を呼んだ。老人の目には、ルサールカの身体に血の気が戻り、昔の自分だけが愛した恋人に戻ったかのように見えた。老人は、水辺に入ると恋人の手を取った。老人は涙を流した。嬉し涙を。恋人と手を取り合ったまま、大声で泣き叫んだ。恋人の頬にも、綺麗な涙がつたっていた。その姿は水魔ではなく、美しい女性の姿だと北斗も思った。二人は、そのまま水の中に飲み込まれていった。北斗に『ありがとう』と微笑んで。
 小屋に戻った北斗の目から涙がこぼれ落ちた。皆にも、北斗が何を言いたいのかすぐに解かったのか、そのまま黙っていた。
 この日をさかいに、川には水魔も何もかもが現れなくなった。そして、昔の綺麗な水辺に戻っていった。
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