その輝きに口づけを

プロローグ2 再会(光視点)


 抱きつかれた瞬間、頭で考えるより先に身体が動いていたのは幸いだった。わたしは自分自身の弱い部分を自覚していた。頭で考えていたら、身体がすくんで動けなかったかもしれない。
 住み慣れたとはいえない、よそ行きの顔を持つ街。その居心地の悪さもあり、助けを求めることを、少しためらう。だが男を投げた流れで腕は技で固めたものの、その状態で携帯電話を取り出すような不用意な行動をとる勇気はなかった。手を緩めた瞬間、再び襲いかかってくることだって考えられる。――助けを求めるしかなかった。
 「誰か、誰かいませんか」
 思ったより冷静な声が出た。だがその声に反応してもがき始めた男の手に、ぎくりと鳥肌が立ち、続く言葉を見失う。
 抱きつかれた時、手が一瞬身体を這いまわった。以前にも似たようなことがあり、その時はその手の感触が消えるのに1カ月かかった。今度はどれくらい我慢すればいいのだろうか。
気持ち悪い。でもきっと忘れられる。
本当は怖い。それでもわたしはきちんと立っている。
 ああ、でも今は助けが必要なの。誰か!
 その時、誰かが足を止める気配がした。そして、声が。
 「大丈夫ですか?」
 穏やかで優しい声だった。低いわけでもないのに、ゆるやかに振動する大型の弦楽器のような声。不自然にこわばっていた身体から、一瞬で力が抜けていくのが分かった。
 改めて助けを求めようと顔をあげて、彼の瞳を見た瞬間だった。なぜか、なつかしさのあまり胸がじわりと暖かくなった。不思議だった。彼のことなど、その瞬間は思い出しもしなかったのに。でも、なつかしかったのだ。胸が震え、目じりが熱くなるほどに。
 けれどそんな感情もほんの一瞬で通り過ぎ、わたしは冷静に状況と礼を伝えた。じわじわと高鳴っていく鼓動を無視しながら。
 手助けをすることが当然とばかりに歩み寄る、その確かな足取り。優しさに裏打ちされた甘い声と笑顔。
 (王子様、みたい……)
 柄にもなく浮かんだそんな思いに苦笑しながら、わたしは自分の中に芽吹いた気持ちを、静かに胸の奥底にしまい込んでいた。
 
 マスカットの甘い香りに誘われた王子自ら、わたしのそんな思いを暴きに来るまで。

おわり

< 8 / 8 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop