神楽先生には敵わない
その日の夜、私は会社近くの居酒屋にいた。


「まだ決めてないのか?移動」


ざわつく店内の一角にあるテーブル席。
おつまみや一品料理などが並ぶなか、

目の前の相手は関西弁が入った口調で溜息交じりに呟いた。


私は烏龍茶が入ったグラスを傾けながら小鉢に入ったたこわさびを摘んだ。




「そうなんです…、悩んだままで」

「期限は来週だ。ダメだったら別の人間を手配しないといけなくなる」


そもそもお前が行きたかった部署だろ?と言葉を続けてジョッキを片手に持ち一気にビールを飲み干したのは、
十月に新創刊予定の若者向けのファッションを担当する編集長であり、

私の大学の二年先輩でもある椎名和義だ。




「大学時代から服飾系に雑誌担当になりたいって言ってただろう。忘れたのか」



大学の頃から椎名はおしゃれでそのセンスは学内一と呼ばれるほど際立っていた。


そのセンスを活かし出版社に入り、
即戦力として人気ファッション雑誌の担当になった。

実力も折り紙つきで今回発行される新雑誌に編集長に大抜擢されたのだ。



< 70 / 159 >

この作品をシェア

pagetop