先輩上司と秘密の部屋で

「……あーもう、どうしよう……」


まさかこんな時間に部屋を追い出されると思っていなかった杏奈は、小さなキャリーバッグを転がしながら、夕暮れ迫る駅前の通りをトボトボと歩いていく。

この街でたったひとり頼ることの出来る肉親の顔が思い浮かんだが、それを打ち消すように慌てて首を横に振った。



四年前兄の隼人を追いかけ上京した杏奈は、同じマンションの部屋で暮らし、そこから都内の大学に通っていた。

田舎で暮らす両親に出されたその条件を忠実に守り、杏奈は自分に甘い隼人に気兼ねすることなく快適な生活を送っていたのだ。

だけどなんとなく隠していた彼氏の存在が明るみになった瞬間、平和だった隼人との生活が一変してしまう。

夜遅く帰るようになった杏奈を隼人がしつこく諌めるようになり、同棲なんて以ての外だと断固反対を主張されてしまった。

初めて彼氏と呼べる存在が出来て、有頂天になっていたのだろう。

今まで隼人に反抗したことのなかった杏奈は、その時生まれて始めて隼人の命令に背いてしまった。

そして、その忠告を無視した結果がこれだ。

だから頼りたくても頼れないし、隼人に合わせる顔がない。



どこにも行く宛のない杏奈は、結局シャワー付きのインターネットカフェに入り、ひとり寂しい夜を明かすしかなかった。

< 9 / 102 >

この作品をシェア

pagetop