私が恋した男(旧題：ナツコイ～海男と都会男～)

　私は姫川編集長の後に続いて四つ葉出版社を出ると、姫川編集長は黙々と歩くので置いていかれないように速足で歩く。

　というか、どこに向かっているのか行先も不明のまま四つ葉出版社を出て数分、交差点が見えて歩道の信号が赤になったので姫川編集長はピタッと立ち止まった。

「あの姫川編集長、私たちはどこに向かっているのでしょうか？」
「定食屋だ」

　姫川編集長はじろりと目線を私に向け、こう答えた。

　定食屋？今、姫川編集長は定食屋って言ったよね？どうして定食屋？

　すると信号が青になる音楽が流れて姫川編集長はまた歩き出すけど、私はまだ歩き出さないでいる。

　私は定食屋へ行く理由を理解できないでいるから、先に行く姫川編集長と立ち止まっている私の間の距離が心の距離も同じように開いているように感じた。

「おい、さっさとしないと置いてくぞ！」
「あっ、はい」

　姫川編集長は振り向きざまに言うと、私は慌てて早歩きで姫川編集長の隣に並び、もう一度訪ねた。

「定食屋に行くのはどうしてですか？」
「仕事だからだ。お前は今から定食屋に到着するまで道の景色を、しっかりと頭に叩き込め」
「えっ？どうしてですか？」
「いいから、言われたとおりに叩き込め」
「はぁ…、分かりました」

　私は姫川編集長の言われるがままに、定食屋につくまでの景色を頭に叩き込み始めた。