私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
 姫川編集長は体を壁に預けて腕を組んで、ぶすっとした表情で私を見る。

「用件は何だ」
「私には季刊を書けません。担当から外して下さい」
「ああ?本気で言ってんのか?」

 私の言葉を聞いて、姫川編集長の表情がますます強張る。

「はい。自分の言葉が上手く出なくて、私にはこの季刊を書くことが無理なんです!この担当を降ろして下さい」

 姫川編集長は右手でモジャモジャの髪の毛を掻くと、ふぅっと大きく息を吐いて私をまっすぐ見る。

「お前、宇ノ島を訪れて何を感じた?」
「えっと…」
「お前の目で宇ノ島で見たこと、感じたこと、伝えたいことをお前の言葉で書けばいい。俺はお前なら書けると信じて任せたんだ。次に情けねぇことを言うと、しょうちしねぇぞ」

 "信じて任せた"…、いつも厳しくて駄目出しばっかりなのに、こういう時に限って信じているって言うから、余計に涙目になっちゃうじゃない。

「お前はこの後のスケジュールはどうなっているんだ?」
「次号と再来月号の見本誌をバイク便から受け取りと、季刊の原稿書きです」
「俺が見本誌を受け取るから、お前は今から宇ノ島に行って、一から見て来い」
「でも…」
「でもでも、うるせぇな。原稿を落とす方が最悪だ。高坂にねちねち突っ込まれたくなければ、さっさと行け。上司命令だ」

 その言い方もだけど、もうやるっきゃないんだ。

「中学生よりも良い原稿を書いてきますから!!」

 姫川編集長に宣戦布告すると、姫川編集長は鼻で笑うし。

 も~絶対に良い原稿を書いてやる!!

 足早に編集部に戻って荷物をまとめて四つ葉出版社を飛び出し、電車に揺られて数時間して宇ノ島近辺に到着すると、相変わらず人が多くて、ぞろぞろと離れ小島に向かっていくのがほとんどで、もっと良いところがあるのになぁ。

 私は鞄からデジカメを取り出して、原稿に使う写真を撮るために街歩きをし始める。

 海に落ちて壊れてしまったデジカメは修理に出したけれど、お店の人に水没したから修理のしようがないとも言われ、新しく買い直して且つ防水性のカバーを買った。

 これで撮影がしやすくなるかもしれないけど、ボーナスの殆どを注ぎ込んじゃったから、洋服買うのを諦めなきゃ…。
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