私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
「やっほー、みんな元気?」
「ちっ…」

 ドアが開いたと同時に陽気な挨拶が聞こえて編集部に入ってきたのは、仕立てのいいスーツを身に纏った四つ葉出版社取締役の高坂(こうさか)専務で、私が就活で四つ葉出版社の面接を受けた時に初めて出会い、入社してからは何かと声をかけてもらっている。

 姫川編集長は電話を終えて高坂専務をみるなり舌打ちをし、当の高坂専務は姫川編集長の傍にきてガバっと腕を姫川編集長の首に巻きつけるんだけれど、あぁ…姫川編集長にそんなことをするなんて高坂専務って容赦ないな。

「姫川は相変わらず冷たい反応だね~」
「ぐっ…。離せって、髪を掻くんじゃねって」
「ふっ…、くくっ」

 高坂専務は姫川編集長のもじゃもじゃしている髪の毛に手を置いて、わしゃわしゃと触ってまるで犬とじゃれてるみたいだから、そのやり取りを見て思わず笑っちゃった。

「おっ、九条ちゃん。元気にしてる?」
「は、はい。元気にしてます」

 私は笑いを堪えながら、涙目になりそうなのを手で拭う。

「急な異動になっちゃたけど、姫川に苛められてない?」
「俺は苛めてないぞ」
「毎日ビシバシと鍛えられてます」
「高坂、用件あるならさっさと言えよ。遊びだったら、二度とお前に使えそうな店は教えん」
「おっと、そりゃ困る。みんなー、俺に注目~」

 高坂専務は姫川編集長の首に巻いていた腕を離してフロアにいる社員に聞こえるように大きな声で呼びかけると、フロアにいるみんなも何だ何だと高坂専務の方へ顔を向ける。
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