私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
「私たちも家に戻りましょうかね」
「はい」

 私はヒデ子婆ちゃんと一緒に食堂を出て、佐々原家に戻って荷物をまとめ始める。

 普段なら観光ばかりに目が行きがちだけど、もっと視野を広げてみると沢山の発見や出会いもあるんだと感じた2日間だった。

 この街で出会った人たちを思い浮かべると、観光案内所の人たち、ヨシハラのお爺ちゃん、ヒデ子婆ちゃん、今日初めて会った漁師さんたちに、そして―…海斗さん。

 私が海に落ちなかったら出会えなかったはずだし、不思議な縁を感じる。

 取材の下調べは出来なかったけど、雑誌の記事を書くにあたってまたこの街に来るんだから、姫川編集長にこの街の辺りを取り上げたいと提案してみようかな。

 私は帽子を被り、鞄を手にしてヒデ子婆ちゃんの所にいく。

「ヒデ子婆ちゃん、お世話になりました」
「いいのいいの、私も楽しかったわ。麻衣ちゃんならいつ来ても歓迎するわ」
「次に来るときは東京のお土産を持ってきますので、海斗さんにもありがとうございましたとお伝え下さい」

 私はヒデ子婆ちゃんにペコッっとお辞儀して佐々原家を出て駅に向かうんだけど、駅までの道のりをゆっくり歩く。

 これには理由があって、また取材でこの街に来るのは分かっているけれど、なんだか名残惜しくて目の前の景色を心に焼き付けたいからだ。

「綺麗……」

 夕焼け色に染まる海は、夜と朝ともまた違う輝きを出していて、時折吹く風は頬を優しく撫でるから離れがたいな。

 私はこの2日間は絶対に忘れない、そう思いながら駅の改札の中へ入っていった。
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