あなたが作るおいしいごはん【完】
『…昔の俺はそう呼ばれるのが
自然だと思っていた。』
彼は一瞬だけ目を伏せた。
そして、再び
私を見つめながら口を開いた。
『…俺は一人っ子だったし
同じく父子家庭で暮らしてる
萌絵ちゃんと靖英に慕われて
頼って貰えてると嬉しくて
昔ならその響きも耳や体に馴染んで
悪くないと思っていた。』
「…あの…その。」
『…だけど…俺達はもう婚約している。
一つ屋根の下で暮らす男と女だから
いつまでも俺は“カズ兄ちゃん”と
萌絵ちゃんから呼ばれてるようでは
俺達は前に進めない気がする。』
「…カズ兄ちゃ……っん!!」
これもあの結納の時のように
彼のもう片方の人差し指が
私の唇に“ギュッ”と押し当てられて
言葉を塞がれた。
『…だから、もう俺は
“カズ兄ちゃん”じゃない!!』
語気を強くされてビクッとなった私に
『…ごめん…怖がらせたね。』
そう言って人差し指を離すと
『…“カズ兄ちゃん”じゃなくて
“和亮”って…呼んで欲しい…。
俺は…君を“萌絵”って呼びたい。』
と、強い眼差しながらも
さっきとは違う優しい声で
彼は私にそう囁いた。