ひつじがいっぴき。
だけどここで泣いてしまったら先生はよけいにわたしを心配する。
こういう時、想われていない人からの優しさはとても苦しい。
だからわたしはこれ以上自分の存在を否定されないよう、身を守ることしかできなかった。
先生に帰ってもらおうと一生懸命胸を押す。
「中山さん……それ、ほんとう?」
それなのに、先生はいったいどうしたんだろう。
声が震えている?
そこでわたしは腕で乱暴に熱くなった目を拭い、先生を見上げた。
眉をハの字にして、口元をゆがめている先生の表情はどこか切羽詰ったような――そんな顔をしていた。
「せんせ……」
「これ、なんだと思う?」
先生は、わたしの手を胸元から外すと、ズボンのポケットから取り出したのは一枚の紙。
真っ青な空に雲の写真がプリントしてあるその紙は――……。
その模様には見覚えがあった。
だって、それはわたしが、『アラタさん』に出したファンレターだったから――。
だけど、どうして井上先生がそれを持っているんだろう?
マジマジと見つめれば、先生は苦笑をもらしながら口をひらく。
「親友がラジオパーソナリティーをやっていてね、風邪で声が出なくなったと言ってきたんだ。
代わりがいないからと無理矢理頼まれて、アルバイトのような感覚でパーソナリティーをしていたんだ」
それはどこかで聞いたことがある内容――。