桜まち 


「落し物を拾ったまではよかったがねぇ、会社までついていったのはいただけないね。恋心は否定しないが、今のご時勢、ちょっとしたことで直ぐに警察沙汰だからね、気を引き締めて暮らしなさいよ」
「はーい」

「返事は、はいっ」
「はいっ」

櫂君と同じように注意され、私は気を引き締める心積もりで返事をした。

「このあとになってもお隣さんから苦情が来るようなことがあれば、菜穂子には別のマンションへ引越ししてもらわなければならないからね。ちゃんとしなさいよ」

そ、それはいや。
絶対にイヤ。

だって、運命的にもお隣さんになったというのに、私が遠くお引越しなんて、まるでロミオとジュリエットじゃない。

ん? ちょっと違うか。

とにもかくにも、私はしゃきっともう一度返事をしてから思う。

「そういえばさ。お祖母ちゃん、凄くグッドタイミングで神様かと思うほどの助け方だったけど、私の危険信号でも察知したの?」
「おバカだねぇ。偶然ですよ、偶然。コンビニに顔を出したら、さっき菜穂子が来たって言うから、昨日のタッパーでも貰って帰ろうかね。と思ったのよ。それで来てみれば、あの有様」

有様だなんて、そんな。

嘆かわしいと首を振るお祖母ちゃんに、今度タッパーは持って行くから。と大通りの先まで見送った。
くれぐれも余計な行動は起こすんじゃないよ。と釘を刺されたのはいうまでもない。

とは言うものの。
真隣にあの愛しの彼がこれからずっと住むとなれば、おとなしくもしていられないのが乙女心というものなのです。


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