桜が咲く頃~初戀~
百合子が運んで来た二合徳利を鉄郎が盆から右手で持ち上げ自分のお猪口に先ずなみなみと注いでから圭亮にもう1つのお猪口を左手で差し出して『ほれほれ』とニコニコして言った

圭亮はそれを受け取ると左手の人差し指と親指でつまみ右手の4本の指の平で支えながら鉄郎に差されるに温かい日本酒を受け入れてから一気に煽って飲み干した。

その姿を鉄郎は『うんうん』と頷きながら

『ワシはな。息子が生まれてくれとって良かったわ。息子と酒呑めるん楽しみにしとったで。嬉しいのう』

と恵比寿様の様な顔をして「ガハハ」と笑った。
周りの皆もその少し赤くなった恵比寿様顔を見て賑やかに笑った。

彩未は目の前のご馳走に集中していたのでその声にビクッと肩を上下させてからテーブルの周りを見渡しキョトンとした顔で


『どうしたん?』


とだけ言って目の前にある握り寿司の桶に入っている彩未の大好きなサーモンの握り寿司を大きな口を開けて1口で頬張った。

香奈は昔からおばぁちゃんの家には良く来ていたけれど前はこんな雰囲気について行けず苦手なのもあったので何時も縁側に逃げて本を読んで過ごした事を思い出した。

そんな時、決まって圭亮は香奈の傍に来ては


『何で、何時も1人でおるん?皆の所行かんの?』

と声をかけて来た。それがあの頃香奈はしんどいと思って返事もせず「早くあっちいって!」と心で何度も思いながら圭亮から目を逸らし読み進め無くなってしまう本のページをただ見つめてしまっていた。

圭亮はそんな香奈の態度に何時もつまらなさそうな寂しげな顔で離れて行くのも香奈は本当は淋しく感じていたのだ。


その圭亮が今は、香奈の隣にいて大人になってお酒を飲んでいる。そうしてたまに香奈にお寿司を取り分けてくれたりしてはあの頃の様に気を使っていてくれる。

「圭亮君は昔から変わらんなぁ」

そう思うと香奈は嬉しくなり。照れくさいと思い。優しくて温かいなぁと泣けそうになってしまうのだった。



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