桜が咲く頃~初戀~
綾香は圭亮が言っていたように母親の顔をしていてとても綺麗だった

『じゃ。それだけ文句言いたかったんで』

そう言って綾香はくるりと香奈に背中を向けて送って来て貰っていた綾香の母親の運転する茶色い軽自動車の後部座席に助手席側から乗り込むと1度コチラを見て手をふって去っていった

ほんの短い時間ではあったが香奈は綾香が本当に圭亮が好きだったんだと思って何だか切なくなっていた。圭亮を諦めてしまったあの寂しそうな顔が今はまだ目の奥に焼き付いていて。綾香が去っていった道をただ見つめていた。

雪は優しく降っていて空から覗く日差しが白い景色に反射して香奈は目をしばしばさせて。


『何か疲れる』


と呟いた。

『香奈ぁ。もうそろそろいい頃合いやし。早う行っといで』

ふと気が付くとおばぁちゃんは香奈の隣に立っておりニコニコしながら香奈を見上げて、伸びをして香奈に薄いピンクの手編みのマフラーを掛けた。

『おっ、よお似合っとる、週間天気でな雪になるって言っとったから病院で編んだんよ。どうな?可愛いやろ?』

そう言っておばぁちゃんは香奈の両肩をぽんぽんと叩いた。

『なぁ、何で今行かなあかんの?』


香奈がおばぁちゃんにそう聞くとおばぁちゃんは

『今、行かないかんと言うとる』

と、笑って彩未が居る家の中に

『彩未ちゃんにも今からお姉ちゃんと同じ首巻こさえるからな。それとな圭にぃが明後日東京戻る言ってたから彩未ちゃんも何かしたらえいね〜』

と言いながら入って行き勝手口のドアを閉めた



「圭にぃが東京戻る」



おばぁちゃんが言ったその言葉に香奈は圭亮が東京に行くとおばぁちゃんに話をしていたあの日の事を思い出されて胸がキュンと小さく縮んで息苦しくなった。あの時悲しかった。もの凄く寂しかったのを遠くに置いて来たはずの記憶がそんな気持ちを蘇らせた


『圭亮君がおらんなる...。』


香奈はあの日と同じ言葉が口からこぼれたのを両手で抑えると泣きそうになる。胸のドクドクとした鼓動が耳の奥で響いて鼻の奥がツーンと痛くなった。


『えー!お兄ちゃん東京行くん?嫌や!彩未もっとお兄ちゃんと遊びたいねんで。おばぁちゃん何とかしてぇやぁ』


そう彩未の叫ぶ声が香奈の耳にも入って来て我に返った香奈はグレーのダッフルコートのポケットに両手を突っ込むとゆっくりと右足から前に出してあの桜の樹に向かう細いじゃり道を雪にくぐもった石音を鳴らしながら歩き出した

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