桜が咲く頃~初戀~
冷たい風が吹き雪が降って香奈の顔をピリピリと冷やしてしまっているにも関わらず何故かその冷たさとは違って香奈の身体の中はふかふかと暖かい。


吐く息が白く目の隅でその息の速さを確かめながら歩く香奈のつま先は急激に冷えて行き気持ちまで凍りそうな切なさが押し寄せて何度も立ち止まり振り向いて走って帰りたい気持ちになっては、立ち止まる事は絶対出来ないと自分に言い聞かせ前に進んだ。

その気持ちは「圭亮君がおらんなる」と泣いたあの日とは全く違うと。先に進んだあの桜の樹の元に圭亮がきっと居るんだろうと思って香奈は木立の隙間から見え隠れしている雪が映った海を見た。

以前、香奈は空の写真集を持っていて、何度も読んだ事がある移動図書館のおじさんがくれたのだ。空は何気に毎日過ごしていると毎日同じ様に見えるかも知れない

しかし、空に毎日毎秒毎分様々な全く違う顔をするそれが香奈は大好きだった


[何故?海の色は瑠璃色なのか?海は純粋な水晶色無色透明なんだけれど空の青さが海に映り海を青くしているのだ。空が機嫌が悪ければ海も機嫌が悪くなる。空が澄んで機嫌のいい青なら海も機嫌がいい。貴方が海なら私は空。空の気まぐれに海は広い包容力で受け止める]

と、こんな詩みたいな文章が添えられていたのを思い出した。

『私が空だったら圭亮君は海になってくれはるんかな?』

そう独り言を呟いた自分に何故か照れくさくなって少し笑った。

もうすぐ桜の樹が見えてくる香奈の全身に緊張が走った。


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