桜が咲く頃~初戀~
香奈は自分のその出で立ちを思い出して変な汗が出るのを必死になって隠そうと身体をもぞもぞとくねらせた。そんな香奈の恥ずかしそうな姿を見た圭亮は軽く頷いてから

『よく似合ってるよ』

と静かに言って又桜の樹に左手をそっと当て枝を見上げた。


『さっき、ばぁちゃんに会って香奈ちゃんは何時もここに来てるって言われたから来るかな?って待ってたんだよ。待ってて良かった香奈ちゃんに会えた』


圭亮はそう言うと香奈をチラりと見た。
そう言われた香奈は何て言えば良いのか分からず下を向いてしまった。


その姿を見た圭亮は自分の発した言葉が何だか照れくさくてバツが悪くなって暫くの沈黙を作ってしまった。

『この桜の樹、もう随分前から花を咲かせてないよなぁ。もう咲かないんかな?』

圭亮はそう沈黙を破る様に言うと少し寂しげに香奈の方を見た。

『何時東京から帰って来たん?もう戻らへんと思ってた』

香奈はネコ車を持ったままでいた事を思い出しそれを取り敢えず下に下ろした。

『俺な、大学辞めてんよ。今朝帰って来たん』


そう言って圭亮は苦笑いをしてみせた。

その姿を香奈は自分と重ねて見え同じ寂しさを感じて息をする事が出来ないのでは無いかと胸を押さえた。

そんな空気を打ち消す様に香奈は明るい声で圭亮に言った。

『あんな、圭亮くん。ばぁちゃんに頼まれて畑仕事せなあかんねん。じゃあね』

そう言って慌てて外していた軍手をはめ直しネコ車をよいしょと持ち上げた。


『ちょっと待って。俺も行くわばぁちゃんの畑』


そう言うと圭亮は下に置いてあったボストンバッグをひょいと左肩にかけると香奈の方に歩いて来た。そして左肩に乗せていたボストンバッグをネコ車の荷台にほりこむと香奈からネコ車を奪い取りおばぁちゃんの畑に向かって歩き始めた。

香奈はあっけに取られたものの現状を理解し慌てて圭亮の後について歩いた。



春に近いかいのもあって柔らかな風が香奈の前髪を優しく揺らした。その前髪がこそばゆくて香奈は前髪を右手の人差し指で掻き分けた。


その時見た空はとてもふんわりとした青空だった。



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