桜が咲く頃~初戀~
圭亮
ー懐かしいなぁー



圭亮はゴトゴトと揺れるバスの後部座席に座り窓から流れる懐かしい景色を眺めていた。時間が止まったまんまの様なその風景に引き込まれながら自分の情け無い姿が恥ずかしいと思った。

「はぁ」

溜息ばかりが溢れる。

『お客さん。終点やけんどこの村で降りるんかな』


その言葉に我に返った圭亮は慌てて荷物を網棚から引きずり下ろし降り口まで急いだ。

『すみません』

圭亮はダウンジャケットの右側のポケットから茶色い二つ折の財布を取り出した。

『何か悩み事でもあるんかな?何べんもよんだんやに』


まだ30半ば位の若い運転手はニコニコと優しい笑顔を圭亮に見せながら言った。


『あぁいやその。つい寝ちゃてて。すいません』

そう言いながら慌てて運転席の横の運賃箱に小銭を入れた。小銭はジャラジャラと音を立てて箱の中に吸い込まれて行った。2人はその光景を何も話さずに、見つめていた。

『まぁ、兄さん頑張んなさいや』

バスのステップを降りた圭亮の背中に運転手は声をかけてきた。圭亮が振り向くと運転手は白い手袋をはめた左手でピースサインを作ってまた笑った。

圭亮はうっすら笑顔を返して同じ様に右手でピースサインを作った。

するとバスのドアがピーと音を立てて閉まり元来た道を引き返して行った。

圭亮は空を見上げ吹く風が気持ち良いと少し笑ってみた。


『春が来るなぁ』


そう1人呟いて歩き始めた。そして一度立ち止まり圭亮を運んで来たバスを見送ると又溜息をついて今度は一度も振り向かずに歩いたを

この道の先に見える小さな集落を目指して。


負けた訳では無いと自分に言い聞かせながら。

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