桜が咲く頃~初戀~

ー 香奈はどうしたもんかな?ー

娘と婿みたいに学は無いけれどかえってその方が香奈の心を助けるのでは無いかとおばぁちゃんは思った。

『なぁんも考えんでいいんや香奈は何も考えんでいいんや』

おばぁちゃんはそう呟いで家の奥にある仏壇の前にちんまりと座りシワシワになり小さく痩せた両手を合わせた。

『一郎さん。どうぞ香奈の心に住んどる何者かから香奈をお守り下さいや』

そう言ってから静にじいちゃんの写真を見つめた。おじいちゃんの写真は優しい笑顔が咲いていた。おばぁちゃんは仏壇の小さな引き出しを開けて何時も大切にこの場所に仕舞われている紫色のベルベットの四角い箱を取り出し、それを1度胸に抱いたおばぁちゃんはもう一度おじいちゃんの写真を見た。

『一郎さん。これを香奈に譲りたいんよ。私は紀子より香奈の方が似合うと思うとる。一郎さんが香奈の誕生の時にこしらえた指輪やし。かまんやお』

そう言っておばぁちゃんは箱を開けて指輪を出した。それを暫く左の手のひらの中央の凹みに乗せ右の人差し指で何度も柔らかく撫でていたおばぁちゃんは左の薬指にはめてみた。

『一郎さん見てみ。ほらこんなにも指がシワシワで痩せてしもうて』

そう言ったおばぁちゃんの目からはしくしくと涙が生まれ落ちた。

おじいちゃんがおばぁちゃんに初めて贈ったおじいちゃんがデザインした桜の花を彫ったプラチナの指輪。それは2人の出逢いのあの大きな桜の樹の指輪。香奈の生まれた日におじいちゃんがおばぁちゃんに贈ったおばぁちゃんの大切な思い出。

『紀久代。ありがとう』

おじいちゃんはそれだけ言っておばぁちゃんに渡したのだ。その時おじいちゃんは喜ぶおばぁちゃんの顔を見て満更でも無い風にてれ笑うと春の匂いを胸に吸い込んだ。


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