桜が咲く頃~初戀~
おばぁちゃんの気持
〈お母さん。私はどうすれば良いのか解らんなったんよ。香奈は益々駄目になって行くし〉

『紀子。あんた自分が産んだ子供の事を駄目な子とは言われんよ。あんたが頑張っとる事は十分に分かっとる。ただな紀子がイカンと思うてる事にお母ちゃんも気がつてる。なぁ紀子。香奈はお母ちゃんの所に暫く置いとかんか?』

そんな電話での会話があったのは香奈がおばぁちゃんの家に来た三ヶ月前のまだ雪の降る寒さが素肌に痛いと感じる頃の事だった。香奈の母親の紀子がおばぁちゃんに香奈の行く末を悩み泣き言を電話でしたのだった。

〈お母さん。私は母親失格や。おかさんみたいに子供をちゃんと
育てていかれへん。限界やわ〉

紀子は何度も電話口で喉を詰まらせながら時折鼻を啜り上げながら誰かに聞かれてはいけないかの様な声でひそひそと話した。

『紀子。子供育てるのに限界なんか無いんよ。しっかりしなさい。今週の日曜日に香奈を迎に行くし準備しときなさい』

おばぁちゃんはそう最後に電話口で泣く紀子に言うと黒電話の受話器を置いた。そして火鉢の前に「よしょ」と呟くと腰を下ろした。

火鉢で燃える赤い炭火をしげしげと見つめながら紀子が香奈を産むと凛とした覚悟で言った顔を思いだしていた。

紀子に子供が授かった事は紀子の丸みを帯びていく身体が教えてくれいた。父親になる人もおそらくの断定は出来ていた。おばぁちゃんはその時暫くどうしたものかと悩んではいたのだけれど。紀子の子供をどんな状況であろうと産むと言う覚悟がおばぁちゃんの気持も頑なものにした。


娘と生まれてくる娘の子供を命懸けで守ろうと考えた。それは今でも寸分も変わらない。

おばぁちゃんは紀子に「なんも心配する事無い」と授かった命を大切にしなければいけないと紀子を励まし続けた。
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