桜が咲く頃~初戀~
『一郎さん、香奈はほんまの父親とようよう一緒に暮らせるようになれたのに。時間の隙間はうめられんもんやんやろかね』

おばぁちゃんはそう言うと、おじぃちゃんの写真を見詰めたまんま溜息をつき指輪を外して箱に戻すと仏壇の引き出しに仕舞い静かに手を合わせた。


翌日曜日の朝早くにおばぁちゃんは汽車に乗り大阪へと向かった。新大阪の駅には紀子と彩未がおばぁちゃんを迎えに行きていた。

3人は電車を乗り継ぎ香奈の住む街の駅まで来たが紀子達におばぁちゃんは香奈の気持を察してついてこないように促した。

香奈の家の前には予め頼んでおいた運送屋の2tトラックと、軽自動車の白い運送会社の名前が書いてあるハコバンが停まっていた。おばぁちゃんは2人いる運送屋の男性に挨拶をすると玄関に入り香奈の部屋へと階段を登った



『香奈ぁ、バァやし開けてくれんかね?』

その声に香奈はゆっくりと部屋の扉を開けた。

『バァちゃん。どないしたん
?』


香奈は優しく笑うと皺でさ小さくなった顔のおばぁちゃんを見てしばらくぽかんとしていたがすぐに我に返ると部屋の中へおばぁちゃんを入れた。


小一時間程2人は話をして荷物を纏める作業に取り掛かった。


『香奈はイラン子なんやろか?』


頭を項垂れて何時しか泣き出した香奈におばぁちゃんは優しく言った。

『香奈の心が治るとえぃねぇ』

おばぁちゃんはそれだけ言うと目を赤染めた。

荷物が全て纏まりトラックに載せ終わると香奈とおばぁちゃんはトラックに乗り込んだ。トラックのドライバーを残しもう1人の男性はここで軽自動車のバンに乗って別れた。

紀子と彩未は自宅前に建っている7階建ての白いマンションの7階の階段から香奈を見送っていた。

『お母さん。お姉ちゃんはもう帰ってこぉへんの?』


彩未が悲しい声で紀子を見上げながら聞いた。

『彩未。お姉ちゃんはね。心の中にいる孤独とお別れしたら帰って来るよ。一緒にまってたあげよ』

そう言う紀子の声は寒さに震えていたんでは無い声で答え涙がこぼれない様に空を見上げた。
薄曇りの冷たい風が紀子の肌をチクチクと刺した。
< 59 / 222 >

この作品をシェア

pagetop