聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「え!?」

「悪いけど、長話はできない。大勢の魔月を引き連れて、君の宿敵猛き竜のおでましだ。彼は君の命を狙っている。魔月最強の力と言われる“闇の力”の封印を解くために。そして17の誕生日の日、最初の叙情詩ではなく、闇の叙情詩を発動させるために。
この聖具“虹の指輪”には君を魔月から隠してくれる力があるから、僕が渡したらすぐに身につけるんだ、絶対に外してはいけない、わかったね」

「は、はい」

白金の土台の上に虹色に輝く宝石が嵌まったその指輪は、陽射しもないのにきらきらと輝いて、見たこともないほど美しかった。

リュティアは少年から指輪を受け取り、そっと左手の中指にはめた。

すると不思議なことに、さきほどまで幼い番人の指にちょうどよくはまっていた指輪が、ぴたりと合った。

「急がなければ。君たちにこれを」

番人が両手をかざすと、そこに白く輝く光の球体があらわれ、その中から光輝く武器が現れた。

弓矢と、斧であった。

リュティアとカイは怪訝な表情でそれをみつめる。

「これは?」

「見てわからないの? 君たちの武器。おにーさんと、そこでさっきからずっと見てるオジサンのね。これは僕が特別に聖なる力を注いでつくったものだから、魔月の体を貫くことができるんだ。もしもの時は、これで、聖乙女を守ってね」

「え…オジサンって…」

武器そのものよりも、番人が指し示した先にいた人物に、リュティアとカイは面食らった。

「アクスさん!?」

アクスは木の陰からはみだして、ばつの悪そうな顔で立ち尽くしている。

「さあ、急いで。もう行くんだ! 出口はまっすぐだよ。すごい数の魔月だ」

「待て、番人とやら。私は戦うつもりは…聖乙女を助けるために来たわけでは…」

「ああもう! ぐだぐだ言ってないでさっさと行けよ!」

少年に背中を押され、なんだかなりゆきで、リュティアたちはアクスと共に駆け出すこととなった。

三人が駆け去ったあと。

暗い森の中に番人は一人佇んでいた。

その髪をなぶる風はないし、その髪に天使の輪のごとき輝きを浮かばせるであろう光もない。ただ眠りについた森の静寂だけがそこにある。

番人はその静寂の中にゆっくりと沈んで消えていくように、ゆるゆると瞳を閉じた。

「大切な人の大切さ…か」

その唇から洩れた小さな呟きも、すぐに森の空気に溶けて消えた。
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