聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~

3

アクスの家にやってきてから、もうすぐ一週間が過ぎようとしている。

その間、地震で材木が転がってくるという事件はあったが、ほかには、麓のタムの村からフレックスという青年が山ほど荷物を抱えてやってきた以外、表面上何事も起こらず平穏に日々が過ぎた。

フレックスはアタナディールでは非常に珍しく、流れ者のリュティアたちにも優しく声をかけてくれる青年で、アクスのつくるチーズや野菜と村で焼かれたパンとを交換しにやってきたのだった。応対はマリアの仕事だった。

「やあ。今日はいいパンが手に入ったんだ」

「まあ。それは楽しみだわ」

「それと…この髪飾りを君に。来週誕生日だっただろう?」

「私に? ありがとうフレックス! 本当にうれしいわ」

リュティアはまったく気がつかなかったが、みつめあい二三言葉を交わすフレックスとマリアを一目見ただけでカイはぴんときたらしい。二人は互いに互いへの恋心を隠している、と。

憧れるだけで恋など知らぬリュティアではあったが、そう教えてくれた時の、カイの羨むような表情が印象的だった。

この一週間、リュティアが調合した白眠草の薬を与え続けると、パニラフの様子は劇的によくなった。

毛づやが増し、少しずつだが餌も食べるようになってきた。

いまだ近づけば激しくつつかれるが、それでもリュティアは確かなやりがいのようなものを感じていた。

しかし、いつまでもここにいるわけにはいかないのは、リュティアにだってわかっている。カイが毎日アクスを説得しに行ってくれているが、はかばかしい成果はない。そろそろ潮時だと、考えざるを得なかった。

パニラフが治るまで―

それは二人がすがりつく、ぎりぎりの制限時間だった。

そしてその制限時間についに達しようという頃、事件は起こった。

「パニラフ。よくがんばりましたね。これであなたはもう健康に戻りました」

リュティアが、カイに優しく見守られながら、すっかり懐いたパニラフをそっと撫でていると、激しい足音が近づいてきた。

「アクスさん! アクスさん!」

こけつまろびつ駆け寄ってくるのはフレックスだった。彼の髪は乱れ、衣服はあちこち裂けて血が滲んでいる。腕に抱えているのはなんだろう。そのただならぬ様子に、リュティアもカイも表情を険しくした。

「何事だ」

フレックスは小屋から姿を現したアクスに泣きながらすがりついた。

「マリアが…!! マリアが熊に…!!」

彼が抱えていたのは、血にまみれた褐色の腕だった。
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