聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「…助かった…のか? リュー、大丈夫か、リュー」

カイがよろめきながらリュティアの傍らにやってきて膝をつき、その肩に触れた。そこで初めてリュティアの涙に気がついたカイは情けないほどにうろたえた。

「どうした、いったいどうしたんだ」

「カイ…答えてください」

リュティアは意を決したように、カイを見上げて問いかけた。

「お父様は、リィラは、お兄様は…――死んだのですね」

「…!!」

カイが絶句した。

リュティアは泣きながら、答えを待った。辛抱強く待った。

やがて、カイは観念したようにぽつりと言った。

「…そうだ」

リュティアの胸に、静かな衝撃がやってきた。それは心を一瞬で暗闇に塗りつぶすような衝撃だった。けれど心にたった今灯ったあたたかな感情が、闇を照らしてくれる。

だから、さらに問いかけることができた。

「―――お母様も」

「………………そうだ」

「いつ?」

「―――――――――――八年、前に………」

リュティアはたまらずに顔を覆った。

本当は知っていた。知っていたのだ。

リュティアの口から、自然と言葉が転がり落ちた。

「 “おお、我、悲しみに伏せり
  おお、我、君、失わん”………」

泣き崩れるリュティアを、カイは抱きしめることもできずに、ただおろおろとするばかりだった。

静けさを取り戻した森に、静かな嗚咽が響き渡る。

やがて涙が枯れ果てるころ、リュティアは小さく「ごめんなさい」と呟いた。そして泣き腫らした目で微笑みかけた。

それは二か月前リュティアが失った笑みだった。

あの日以来決して笑うことがなかったリュティアが、やっと笑みを見せてくれたと喜びかけたカイに、彼女はこう告げた。

「でも、カイ、私、会えたのです。私の星麗の騎士様に…」

「……―――――え?」

この時カイが受けた衝撃を、リュティアは知らない。

ただ夢見る瞳で、カイではない、どこか遠くをみつめていた。

カイにはどうしても言わなければならないことがあった。

だがそれを言うには、あまりにも衝撃が強すぎ、しばらくの間カイは何も言うことができなかった。

しかし王国への忠誠心が、カイにその言葉を言わせたのは、長い長い沈黙の後だった。

「…リュー、あの少年を、追わなければ。彼が額に身に着けていたあの飾り…あの虹色に光る宝石は、間違いない、虹の聖具のひとつだ」

「彼が、虹の聖具を…?」

「そうだ。彼を、追おう……」

「…はい!」

その時まだ頬に涙の残るリュティアが幸福そうに微笑むのを、どんな思いでカイが見ていたか…リュティアは知らない。

それにしても二人はなぜこの時気がつかなかったのであろうか。少年が放ったように見えた稲妻が祖国で目にした突然の雷に酷似していることに。それともあれは、広がってきた雷雲が起こした偶然の出来事であったのだろうか?
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