聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
月明かりに照らされたアタナサリムは、確かに死の山、呪われた山だった。

ライトの眼前にはアーチ状に不自然にくねった岩山が数限りなく連なっている。それは天に向かって呪詛の腕を伸ばすように不可解な形でそそり立っていた。

切り立った岩肌に幾重にも刻まれた、深く長い溝…。それは闇を恐れぬライトの目にも黒々と不気味にうつった。この無数の溝が、大地の記憶の山という名の由来なのだろう。

見渡す限り続くこの不毛の大地に、ライトは怯まず足を踏み入れた。

動物たちに聞かなくてもわかる。

目的地はここのどこかにあると、直感が告げている。

時に今にも崩れそうな岩のアーチの上を通り、時に狭いアーチの下をくぐりながら、ライトは導かれるように確かな足取りでアタナサリムを進み続けた。

そうして三刻ほども歩き続けただろうか。

時刻は真夜中。いまだ目的地が遠いことを感じたライトは少し眠ってから捜索を再開することにした。

持参した薪で火を起こし、行動食の乾パンを火で香ばしく炙って口にする。すべてが手早く手慣れていた。が、だからといってこんな不毛の地で一人過ごす夜が彼に何も訴えかけないわけではなかった。

マントを掛け布にして横たわるとまばゆい星々が目に映り、ライトはその光の中に父の面影を見た。

―父さん…。

父との思い出は剣の稽古が大半を占めていた。

ライトは気がついたらトゥルファンの山奥で父と剣の稽古をして暮らしていた。

父は強かった。父の剣ほど鋭く洗練された剣をライトは知らない。

父はいつも明るく頼もしかったが、星空を見上げる時だけ、その瞳に切ない光が宿るのだった。

そんな時は大抵、響きの良い声で物語や神話の数々を語ってくれた。ライトはそれが好きだったが、父の切ない瞳を見るのは辛かった。彼が本当は山奥でなく、広い世界へ旅立ちたがっていることはわかっていた。そしてそれができない何か大きな理由があることも…。

『これはお前が未来に出会う、聖乙女(リル・ファーレ)にとってとても大切なものだ。だからその剣で守りなさい。そしてお前はいつか、彼女を守る騎士となるのだ』と銀の額飾りをくれた父。笑顔で冗談をとばす父。全力で剣を振り回すライトを軽くあしらう父。山菜の見分け方を教える父。あたたかいスープを椀に分けてくれる時の優しい顔の父…。

ライトの守りたいすべてだった父の姿が、浮かんでは消えた。

その父は、…もういない。

父は病で半年前に亡くなった。

臨終の言葉はこうだった。

『聖乙女を守れ、ライト。強くなれ』

「わかってる」

(…わかってる)

言われなくても、父を失った今、彼の心にあるのはその使命だけだ。

いつか出会う聖乙女を守るために、強くなりたい。

強く…もっと強く。

さらなる力を求めて、彼は旅を続けるのだ。
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