聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~

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「大商人ヨーバルは受けた恩を決して忘れない。喜んで君たちを隊商に迎えよう」

黒いもじゃもじゃのひげを震わせた老商ヨーバルの豪快なセリフで、リュティアたちは新しい旅の仲間を大勢得ることになった。

ヨーバルはエルラシディア中を巡っている大商人で、プリラヴィツェ、ウルザザード、トゥルファンと世界を東周りに一周して故国に帰るところなのだという。

山のような財宝を抱えているので、途中で加わったジョルデとシアも含め護衛だけでも20人と大所帯だ。それに竪琴弾きが三人、医者が三人、食事番が四人、ヨーバルの下で働く商人たち20人の総勢50人が集っている。

隊商は大きな馬車四台に人と荷を乗せて昼の間ゆっくりと進んだ。人々は交替で馬車に乗るが、いかにもかよわい少女であるリュティアは通して馬車に乗ることを許されたので旅路は今までよりも格段に楽だった。

しかし事件が何も起こらぬわけではない。

初日の夜からして、事件はリュティアを放っておいてはくれなかった。

特別に馬車を使って休むことを許されたリュティアが就寝の準備をしていると、突然扉がノックされた。

「カイ?」

確かカイは外の天幕で休むという話だったが、何か用事を思い出したのだろうか。そう思って扉を開くと、そこには見慣れぬ若者が立っていた。

「ああ、え~っと、俺はガザーブ。リュティアさん。もし眠れなかったら、いつでも言ってくれ。昔語りは得意なんだ」

「ガザーブ、さん」

リュティアが目をぱちくりさせていると、

「ちょ~っと待ったぁ! ガザーブ、お前一人だけ抜け駆けはずるいぞ! リュティアさん、俺はマハル。竪琴弾きなんだ。どうだい? 寝る前に一曲聴いて―」

「ガザーブ、マハル! 年の功を尊重して俺に譲れ! リュティアさん、俺は―」

とこんな具合に、若者たちがわらわらと集まってきてしまったので、リュティアはどうしてよいかわからず途方に暮れた。リュティアは人そのものに慣れていないから、これには恐怖心に近いものを覚えてしまった。

「あなたたち!」

丁度その時凛とした声が響いて彼らの騒ぎを制した。
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